エピローグ

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エピローグ

――― 私はこの季節になるといつも彼女の事を思い出す。 優しくて強くて、だけど弱い人。いくつもの辛い出来事を運命だと笑い飛ばした人。……憎むべき男を愛してくれた人。 私は彼女の隣で自分の罪と向き合い過ごしてきた。彼女のたった一人の家族の事も大切に守ってきた。その人は今はすっかり元気になり、愛する人と一緒に幸せに暮らしている。まるで今までの分を取り戻しているかのように…… そんな彼らの姿が何より嬉しく思う。壊してしまったものが、元通りとはいかないまでも綺麗に輝いてくれた事が何よりの救いだ。私の罪がこれで軽くなる事はないし償う事を忘れたわけではないけれど、一つの節目になったのではないかと思う。 本当に彼らの幸せを願っている。こんな私を家族に迎えてくれた彼には、どんな感謝の言葉も嘘っぽく聞こえるだろう。 彼の姿を見る度、彼と話す度、私の心は何度も悲鳴を上げた。それでも真っ直ぐ向き合えたのは、彼が同じくらい真っ直ぐに私を見つめてくれていたから。 目を逸らさないで私を受け止めてくれたから。許すのではなく、憎しみも含めた愛情で私を捕らえて離さなかったから。 彼も本当は辛かったに違いない。でも決してその目は逸らさなかった。絶対に忘れるなよ、と言いたげな顔で私を見てきた。そんな彼がいたから、私は逃げなかった。自分に向けられる強い感情と向き合っていられた。簡単に許してもらっていたら、弱い私はきっととうの昔に逃げだしていただろう。 彼のその存在が私を生かしてくれている。彼女と一緒にいられたのも彼のお陰だ。 そういえば昔もらった手紙で、こういう言葉を目にした事があった。 『時には憎しみ合う事もあるでしょう。けれど憎しみだけでは愛は生まれないから、同じくらい愛し合いなさい。』 愛と憎しみという相反する感情は、時に混ざり合って複雑に絡まり合う時がある。彼らの心にはそんな感情が蠢いていた事だろう。だけどそこにはちゃんと『愛』があったと、私は感じている。こんな私を傍に置いてくれた、その事がまぎれもなく『愛』だと思うから。 そんな彼には私より何倍も何十倍も幸せになる権利がある。だけど私は神ではないから、彼らの幸せをひっそりと願うだけだ。 私は十分すぎるくらいの幸せを手に入れた。彼女はどうだっただろう。同じくらい、いやそれ以上のものをあげられただろうか。 私の手は今でも汚れている。もう綺麗になる事はない。だけどそんな手でも愛する人を守れるだけの力はあったと、今ではそう思える。 だってこうしていくつもの季節を彼女と過ごせてきたのだから…… 彼女と過ごした時間は、これまでのどんな場面より楽しかった。ずっと一人だと思っていたけれど、こんなにも人を愛する事が出来るのだと驚いたし、愛する人と一緒にいる事がこんなにも幸せな事なんだと初めて知った。 いつか枯れてしまうのではと心配した事もあったが、もう何年も経っているけどそんな気配すらなく、心配していた昔の自分を笑ってしまう。もう若くない歳になってこんな恥ずかしい事を思うなんてって考えて、また懐かしい気持ちになった。 それはいつかもらった手紙の事を連想して、ふとどこにしまったかな、なんてことを思う。後で彼女に聞こうと思い至って微かに笑みが零れた。きっと口を尖らせて、『忘れたの?』なんて言うに決まっているから。 私はいつかの庭で彼女に問いかける。 『君の幸せは何?』 そしてうっすらと綻ぶ彼女の口元に注目する。 『今、貴方といる事よ。』 いつもと変わらぬ答えに私は安堵する。もう何回この問答を繰り返しただろう。きっとこの先何度でも同じ問いを口にする。そして何度でも胸を撫で下ろすのだ。 そう、いつか二人がバラバラになるまで。 私はこの季節になるといつも彼女の事を思い出す。 雨上がりでもないのに見上げた先には綺麗な虹がかかっていた、あの季節の中の彼女を…… .
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