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「いっしょに、考えようよ」  画面の向こうで、梓がベースの弦を爪弾いている。 「自分たちのバンドでしょう? 自分たちで考えなきゃ意味ないじゃん」  ボンボンボン、と響いてくる音は、どこか不満げだ。 「だってさ、また部活禁止になっちゃったんだもん。集まれないじゃん。だからそこは、文系クラスナンバーワンのひよりに頼るしかないじゃないですか」  鼻歌をしながら、何かの曲のベースラインを弾いている。その曲を当てろ、というならわたしは、全然できない。そういう素養はない。でも、彼女たちのバンド名を考える、というのは、正直、やりたいなあ、と思ってしまっている。あまつさえ、作詞提供するならこんな感じかもねえ、なんて考える始末。そんなことはおくびにも出さずにわたしは答えた。 「こうやってオンラインで集まればいいじゃん。音だって合わせられるでしょう。バンド名、大事だよ。それで損してるバンド、いっぱいあるって思っちゃうもん」 「だ・か・ら」  ベースの音に合わせて、歌うように言う。 「君が、つけてくれないと、困るのさ」  ベースの人のリズムの取り方って独特だよなあ、と思いながら見ている。素養のないわたしだけど、ベースラインがその曲を支えているのは分かるような気がする。グルーヴっていうのかな? それはよくわかんないんだけど、うねりみたいなものがとても心地よい。あ、でも、すっごく軽いギターポップとかも好きなんだけれど。  梓が、あ、と言って画面の向こうでわたしを指さす。 「名前、考えてくれたら、今度のサマードレスウミキノコの配信ライブ、いっしょに見せてあげる。めちゃかっこいいぜ〜」  わたしは、お、と思ったけれど、すぐにその気持ちを引っ込める。ウミキノのライブはすっごく観たいけれど、わたしの融通の効かない正義感がそれを妨げる。 「それさあ、ウミキノのためになんないんじゃないの?」  梓は、はてな、という顔をしている。 「だってさ、もしだよ、わたしとアズがさ、いっしょにライブに行くとすればさ、ふたり分のチケット代が発生するわけじゃん。でも、配信ライブいっしょに観るってことは、ひとり分のチケットで、何人でも観られるわけでしょ。それってまずくない?」  梓は、ふむう、と言い、ベースを抱え、顎に手を置いている。 「さっすが、ひより。見えてる世界が違うよね。そっかあ、それ考えなかったな。確かにそうだよね。今までデートに使っていた人たちがさあ、ひとり分のチケット代で、部屋でまったり観られちゃうんだもんね。それは私たちにとっても、いつか直面することなんだろなー。コロナ、早くどっか行ってよ!」  ほんと、なんていう世界になっちゃったんだよ。わたしが思い描いていた高校生活は最初からおかしなことになったよ。  わたしはマグカップのカフェオレを飲んでからスマホを持ち直し、画面に向かって言う。 「だから、ライブのことはいい。むしろ、自分でチケット買うようにする。ウミキノのライブ観たかったし。  バンド名のことは、考えてあげてもいいかな」  じゃじゃん、とベースをかき鳴らし、ひより〜、らびゅー、と歌う梓。 「で、どんな感じがいいの?」 「かっこいいやつ!」  即答する梓。かっこいいやつかあ。 「違う学校だけど、わたしの友達でバンドしてる子たちは、トラペジア、っていうのつけてたよ」 「なにそれ、ちょーかっこいいじゃん! そういうのがいい」 「トラペジアって三重星みたいな意味があって、つまりその子たちはスリーピースのバンドなんだけれど、アズのところって何人でやってるんだっけ?」 「わたしたちも三人。わたしとマリとリリ」 「なんか名前繋げたらバンド名になりそうじゃん」 「あー、それはわたしたちも考えたんだ。でもそれってアイドルグループみたいな感じがするんだよね。アイドル、好きだけど、ちょーっと路線が違うんだよね。わたし、ベースボーカルだし、ややマニアック? なのかな。好きなバンドもロキノン系だし」  マニアックってこともないと思うけれど、ベースボーカルは、珍しいかな。思いつくバンドはいくつもあるけれど。 「ひよりのインスピレーションでいいよ。わたしたちのことは知ってるでしょ」  わたしは、またスマホを置いてカフェオレを飲む。うーん、どんなのがいいかな。  マリとリリは名前もだけど、雰囲気が似ている。ふんわりとした髪の毛。誰かと仲よく話すところをあんまり見たことがない。と言っても嫌われてるとかそういうのじゃなくて、そんなに目立つ感じじゃないってくらい。  梓はちょっと違うかな。すごく目立つ。その一挙手一投足に見惚れる女子を何人も観測してきた。わたしも、ちょっと梓のことが気になっている。好きだ。だから、本当は、わんわんわん、なんでもしてあげちゃうよ、みたいな気持ちも心の中にある。でも、それじゃあ、つまんないんだよ。わたし、変にプライドが高いから。 「ねえ、アズ。わたし、真剣に考えるから時間をちょうだい。いい?」 「もちろん。よろしく〜」  そう言って、さっさと梓はオフラインにする。ちょっと、もっと話をしようよ。いっしょに考えよう、って言ったのは梓じゃん!  わたしは暗くなったスマホの画面にひとりごちる。 「余白の時間が、大事なんだよ」  蝶々むすび:0002 オンライン <了>
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