あの人の

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 雪山で雪崩に巻き込まれ、運良く全身埋まってしまわずに済んだのは、もう3日も前のことだ。俺としのぶが持っていた荷物はほとんどがその際に、崖下へ流されていってしまった。  陽も落ちかけて、とにかくどうにかして一夜を凌ぐ手立てを考えていた時、しのぶが遠くを指差した。 「あれ」  真っ白な雪景色の中にぽつんと目立つそれは、オレンジ色のリュックだった。  俺たちはそれに見覚えがあった。4合目付近で休息をとっていた時に後ろから来た40代くらいのソロの男性がそれを背負っていたのだ。  俺は足を痛めたしのぶを置いて、リュックのある場所へと向かった。  その人は、雪に埋もれてしまっていた。  手当たり次第に辺りを掘ってたまたま見つけることができたのは、その人が表面近くに居たこともあるが、本当に運がよかったからとしか言いようがない。  だがそれは、俺たちが雪崩から逃れてから既に30分は経過した後のことだった。 「大丈夫ですか!」  俺はその人に問いかけた。肌が雪と同じくらい白くなっている。  いつの間にかしのぶが足を庇いながらそばまでやって来ていた。必死に雪を掘り起こす俺を見て、事態を察したのだろう。恐る恐る覗き込むその顔には、疲れと恐怖が表れていた。 「大丈夫ですか」  絶望的だ。そう思った瞬間、その人の顔にわずかな反応があった。 「聞こえますか!」  俺は声をかけながら、肩を叩いた。  するとその人は、目をつむったまま、うわごとのようにこうつぶやいた。 「N県イルベ市タキガワ4―13……そこに、家族が」  そう言い残すと、それきり返事をしなくなった。
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