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「ねえ、覚えてる……?」
しのぶが問いかける。俺は返事をする代わりに、閉じていた瞼をゆっくりと開いた。あれからさらに2日が過ぎた。食料が尽きて3日、ガスが尽きて2日になる。
救助の目印になるように、オレンジ色のリュックは外に置いておいた。その他にも、到底使えなさそうなものは全て穴の外に広げて置いてある。
山を登る前に届出を出しているし、職場も既に無断欠勤だ。さすがに救助活動が始まっているはずだった。
じっとしていればいつか見つけてもらえる。そう信じて、穴で待つしかない。俺もしのぶも、もう動ける体力は残っていなかった。
「あの人の、最後、伝えないと……」
しのぶはそうつぶやくと、静かになった。
「ああ、覚えてるよ」
しんとした穴の中で、俺の声だけが小さくこだました。
俺は再び、ゆっくりと目を閉じた。
「N県イルベ市タキガワ4―13……そこに、家族が」
あの人は確かにそう言った。それきり何も言わなくなった。
応急処置も施したが、だめだった。そのうち雪がひどくなってきて、俺たちはその場を離れた。
でも、俺は確かに聞いたのだ。
「……助けてくれ」
そよ風にすらかき消されるほどの小さな声だった。だから、しのぶは知らないのだ。あの人の本当の最期の言葉を。
「ごめんなさい」
俺は犯した罪とともに、ここで雪解けを待つのだろう。
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