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「覚えているか? 我が人生最愛の恋人よ」
寝台には女が横になっていた。作り物のように端正な顔立ちで、息をしていないかのようだ。
……いや、実際死んでいるのだ。その女は。男は死んだ恋人に向かって話しかけていた。
「君と初めて会ったのは王立研究所だったな。私は偏屈で、友人もいないような男だった。君だけだった。話しかけてくれたのは」
男は女の手を握った。その手は、金属のように冷たい。
腐らないように冷やしていたからか、すっかり血の気を失って陶器のように白くなっていた。
「君が私を連れ出してくれたんだ。陽の当たる世界に。初めてカフェに入った。王宮通りにある、上手いコーヒーの店だ。山や海にも行ったな。覚えているかい? 君は海で転んで、びしょ濡れになってしまったな。私は大笑いした。後にも先にも、あんなに笑ったことはない」
気がついたら、男の頬を涙が伝っていた。失ってしまった命はもう戻らない。
その後も、男は次から次へと思い出話を語って聞かせた。
「君はなんでもできる優秀な助手だったが、料理だけはなかなか上手くならなかったな。最後に料理した時も、結局シチューを焦がして……」
「ーー長話の最中悪いんですけどね」
不意に、女の指先がピクリと動いた。ゆっくりと、閉じられていたまぶたが開く。
「覚えていませんよ。そんな話」
「エミリア……」
女・エミリアは上体を起こし、男を見つめた。男は思いのほか冷静だった。
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