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姉さんの葬儀の帰り。
僕は噂となっている美術館に立ち寄る。いや、正確に言うなら噂となっている絵画が展示されている美術館というべきか。
もちろん姉さんの絵画が展示されている所だ。
既に閉館していたが、かの有名な姉さんの弟ということで特別に館長が計らってくれた。
「ゆっくりしていって下さい。どうせなら他の作品もご覧になっていっては?お姉様の素晴らしさがより理解できるかもしれません」
館長は館内地図を渡しながら僕にそう言った。
地図を見れば姉さんの絵画がある場所なんてすぐわかったが、せっかくなので館長のお言葉に甘え、僕はあえて遠回りして姉さんの絵画に向かうこととした。
館内は無音で少し冷たい空気が漂っており、各々の作品が発する独特のオーラのようなもので満ちていた。そういった非科学的なものを普段は信じないのだが、この空間にいると自然とそう思えた。
明るいオーラもあれば、暗いオーラもある。
軽快なオーラもあれば、重厚なオーラもある。
シンプルなオーラもあれば、複雑なオーラもある。
僕には絵の素養なんてものはないし、今目の前にある絵をどうやって観て解釈するのが正しいのかなんてわからなかったが、そう言ったオーラを識別することで素人ながら楽しむことができた。
案外僕には芸術の才能があるのかもしれない。
そんなことを思ったが、姉さんの弟なら当然かとも思い、姉さんはどうやってこういった作品を鑑賞していたのだろうと思考を移していった。
そんなことを考えながら美術館の奥に進むにつれ、一際惹きつけられるオーラが一つ。それはその作品を直接観なくても感じられるものであった。そしてその作品を直接観た瞬間はやっぱりかとも思った。そのオーラの発生元を僕は観る前からわかっていた。
『家族』
そのオーラを発っしている絵画のタイトルだ。
今噂になっている絵画だ。
姉さんのオーラを放つ絵画だ。
絵画の中に描かれていたのは4人。
僕が生まれる前に死んだ父さん。
3年前に死んだ母さん。
一昨日自殺した姉さん。
そして僕。
その4人が母さんと姉さんと僕の3人で暮らした家の前で満面の笑みで家族写真を撮っているような構成。
現実にはなかった光景。
ありえない光景。
しかし、その絵は非現実とは思えないようなリアリティーであった。
カメラの出現により美術の世界においてリアリティーというのは絵には求められなくなったという話をどこかで聞いた記憶があったが、その流れとは逆を行くような、カメラよりもリアルなものを追求するが如くの絵であった。
写真といっても疑う人はいない。いや、リアルすぎて写真とも思えないのではないだろうか?それほどリアルな絵であった。
だが、描かれている中身は非現実。
それはきっと姉さんが欲しかったもの。
姉さんの欲しいものは非現実にしかなく、それはカメラでは切り取ることができず、そのため絵に残すことにした。
「忘れて欲しいならこんなもの残すなよ」
僕は絵の中にいる姉さんに向かってそう言う。
そして僕は精神病院で入院していたときのことを思い出す。母さんが死んだ次の日、入院している僕に姉さんは直接母さんの死を伝えに来た。そのときの姉さんは悲しむどころか、何か覚悟を決めたような顔でこう言っていた。
「安心して。私がまた家族みんなで過ごせるようにするから」
正直僕は、そのときこの言葉の意味を理解することでができなかった。僕の入院の負担や退院後のあれこれを私がなんとかするから、という意味だと当時は無理矢理解釈した。そして今さらになってようやく真の意味を理解する。
「それでも僕は生きていて欲しかったよ姉さん」
また家族みんなで過ごせらようになったのか、その真偽は誰にもわからない。
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