影の復讐

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 本を読みながらティーカップを傾ける景山さんに近づくと、彼女は気づいて顔を上げた。  笑えば可愛いのだろうけど、鋭い目つきと銀縁眼鏡が、冷たい印象を与えてくる。 「どう、これで満足?」 「なかなか面白いものが見れたわ」  もちろん、彼女は幽霊などではない。  一連の呪い騒動は、生きた彼女による復讐だった。  先日、景山さんは突然私に接触してきた。 『景山さんごめんね』 『学校来てないけど大丈夫?』  ずっと無視されていたメッセージにある日既読がつき、彼女からの返信が届いた。  呼び出されて会いに行くと、彼女は、私がカバンの中に毛虫を仕込んでいる動画を突きつけてきた。 「あなたに怨みはないの。だから、復讐に協力すれば、この動画は表に出さないであげる」  私は景山さんに脅された。  莉奈への復讐に協力しなければ、この動画を家や学校に送りつけると。  嫌がらせを指示したのは莉奈だけど、証拠を撮られたのは私の方だ。  莉奈はいくらでも言い逃れができる。  主犯格が処罰されない結末は、景山さんも望んでいなかった。  だから、私に協力させたのだ。  景山さんのカバンに虫を仕込みながら、その情報をこっそり景山さんに流していた、気弱な私に。  彼女の向かい側の席に座り、同じ紅茶を注文する。 「ねえ、私うまくやったでしょ。作戦通り、あなたが死んだことにして」 「そうね。友達を裏切って、秘密のアカウントも教えてくれたし」  早苗には嘘をついたが、あの裏アカウントを景山さんに教えたのは私だ。 「黒板の血文字を見たときはびっくりした。あれ、ただの絵の具じゃないよね?」  私は生臭い鉄のにおいを思いだし、口元を押さえる。 「絵の具に赤さびを混ぜたのよ。それと、生乾きの雑巾の絞り汁も」 「……なるほど」  仕掛けを知ると、吐き気は嘘のように引いていった。 「私、血が苦手なの。本当に吐いたんだから」 「知ってた。クラスメイトが調理実習で指を切ったとき、慌てて逃げたでしょう。八方美人のあなたにしては、珍しく」 「よく見てたのね。莉奈がホラー映画を見れないことも知ってたんだ」 「それくらい、近くにいれば簡単にわかるわ。弱点を知っているのはお互い様。彼女、自分だけが私の弱みを握ったとでも思ってたのかしら」 「だから今朝、私に嘘をつかせたのね。景山さんの幽霊を見たって」  左手首の包帯をなでる。  本当は怪我なんてしていない。 「ホラー嫌いの彼女なら、その場から逃げ出すと思った。早退ぐせがあるみたいだから」 「でも、階段から突き落とすなんて。あのときは本当に心臓が止まるかと思った」  莉奈が階段から落ちたあと、私は景山さんが逃げていくのを目撃している。  ただ、「真実を話してはならない」という約束に従っただけで。 「正面から落ちれば、意外と無事ですむものよ。それに、一番上からじゃなかったでしょう」  経験者はそう語る。  景山さんは、自分がされたことを莉奈と早苗にやり返していたのだ。 「クラスの男子にお墓で目撃させるなんて、手の込んだこともしてたね」 「ああ、あれは偶然。私の名字は珍しいから、苦労して同じ名前のお墓を探してたのよ。知り合いに見つからないよう、夜遅くにね。運悪く男子たちに見られてしまったけど、彼らは都合よく勘違いしてくれたわ」  景山さんの出身は東京だから、先祖代々の墓が隣町にあるはずがない。  その違和感に、動揺した莉奈たちはまるで気づかなかった。 「どうして今だったの? 学校をやめてから、4ヶ月も経ってるのに」 「転入試験の勉強をしてたのよ。元々、あの頃には東京への引っ越しが決まってたから」 「合格したから復讐を始めたんだ?」 「そういうこと」  負けん気の強い景山さんがあっさり学校をやめた理由がわかった。  もし引っ越しの予定がなければ、彼女は在学しながら莉奈と戦ったのだろう。 「よくそこまでする気になったね」  私は復讐を受けた身でありながら、景山さんの執念に感心してしまう。 「当たり前でしょう。虫の怨みは恐ろしいのよ」 「うっ。ごめんなさい……」  再会したときの景山さんが見せた、敵愾心むき出しの目を思い出す。  怨みは絶対に忘れないタイプらしい。莉奈なんかより、敵に回すとよほど怖い。 「それにしても、夜の墓地なんてよく行けたね。虫がたくさん出るのに」 「……うるさい」  図星だったらしく、怖い顔で睨まれた。 「とにかく、こんな長話は無用ね。あなたはこれを消してほしいんでしょう?」  景山さんが示したスマホの画面には、私の行った嫌がらせがはっきりと記録されている。  再会したばかりのときよりも、胸が痛んだ。  私はそれを消してほしい一心で復讐に協力したはずだ。  でも、こうして話しているうちに、違う感情も芽生えてきた。 「別に、ばらまいてもいいよ。それで景山さんの気が済むなら」 「……急にどうして?」  景山さんは意外そうに目を見開く。 「証拠を消すとかじゃなくて、本当に許してもらいたくなったから」 「意味がわからない」 「ねえ、景山さんが東京に行っても、ときどき遊びに行っていい?」 「お断りよ。誰が嫌がらせの加害者と会いたいなんて思うの」  拒絶されるのは仕方ない。でも、これで終わりにしたくはなかった。 「ごめんね。景山さんが私のことを嫌いなのはわかってる。でも、私はもう一度やり直したいの。友達になるところから、もう一度」 「こんなに陰湿な私と?」 「うん。だって私も、景山さんみたいに強くなりたいから」  誰かの言いなりになる私じゃなくて、ひとりでも毅然としている景山さんみたいに。  景山さんはそんな言葉を予想もしなていなかったようで、呆気にとられた顔をしている。 「もう一度、『仄花』って呼んでもいい?」 「……勝手にすれば」  景山さんは少し頬を赤らめて、ごまかすように紅茶を飲んだ。
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