さよならテノヒラ

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 俺たちが死んだのは、鈴美さんが引っ越してくる数ヶ月前。  親に捨てられ、学校ではイジメられ、助けてくれる大人たちが誰もいない日々を送っていれば、自然と貯金は尽きてくる。  俺たちは次第に学校へ行かなくなり、空腹を耐え凌ぐ中。どうやら眠っている内に死んでしまったらしい。  死んだことに気付かず、この世を彷徨い続けた俺たちは、今までと変わりなく生活を送り続け……そして鈴美さんに出会った。  死んだことを自覚してから最初に見えたものは、家具も何もない……綺麗サッパリな空室だった。  恐らく俺たちが死んだ後、遺体は何処かへ処理され、部屋も跡形なく綺麗に掃除されたんだろう。  勿論最初は驚いたけど、思いの外早く気持ちに整理がついて、「何だこんなもんか」という感想しか浮かんで来なかった。  けど、姉貴にも鈴美さんにもずっと黙っていた。姉貴が気付いて成仏したいと言わない限り、言うつもりはなかった。  姉貴が幸せならそれで良い。  その想いが俺をこの世に留まらせていた。  そして姉貴をこの世に留まらせていたもの――それは幼い頃に夢見ていた、「素敵な恋をして、お嫁さんになること」。  今思えば、高校に進学した頃に自覚した姉貴は、これ以上この世に留まるワケにはいかないと熟慮した結果。他愛ない会話の中で、鈴美さんにその夢を打ち明けたのだろう。  そして鈴美さんは、その願いを言わずとも察して掴み取り……ある油絵を描いて生命を宿らせた。  それが潔さんだった。  建築家だというのに、絵の具の匂いが拭い切れなかったのはこのためだった。  そして姉貴は潔さんと上手く行き、結婚して――成仏した。  姉貴が幸せに旅立った。  自然と俺がこの世に留まる理由がなくなった今、もうじき消えてしまうことになるだろう。  だから、その前に……  「黙っていて、ごめんなさい」  「……舞ちゃんは? 知ってたの」  「はい」  「…………ッ、2人して……あんまりじゃないっ……」  「はい。だから、姉貴の分まで謝らせて下さい。すみませんでした」  「……ダメ、許さない」  鈴美さんは巨大水槽に顔を向けたまま、俺の掌をギュッと堅く柔らかく掴んだ。  「消えないで。せめて、このデートが終わる時まで……」  彼女も、もう気付いているんだろう。  俺たちに残された時間は、良くてそれくらいなんだってことを……  「はい。それまで、離さないでいて下さい」  俺も、その温もりに縋り甘え、確かめるかのように彼女の掌を握り返した。
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