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「ねぇ、覚えてる?」 それが最初の一言だった。 「え?それだけ?」 助手は拍子抜けしたようで、素っ頓狂な声をあげた。 テーブルを挟んでソファに座っている男はその声を聞くと 「そうだよ、そんなに意外だったかな?」 と、答えた。  話の発端は数分前 助手は明らかにイライラしてるといった感じで 「もう、いい加減にしてくれない?依頼はいくつもきてるんだから」 そう言うと、この事務所の一応の主である目の前に座る男に非難の目線を送る。 「そうは言ってもねぇ。依頼といっても退屈なものばかりじゃないか」 「探偵の仕事なんてそんなもんでしょ。浮気調査とか失踪人の捜索とか」 「そういうのっていまいち僕の興味をそそらないんだよねぇ」 「だからさっきから言ってるでしょう!選り好みできる身分じゃないんだから。依頼があるだけありがたいって話なんだから」 探偵はゴロンとソファに寝そべると 「それじゃあ一つクイズを出そう。君がそれに答えることができたら仕事を始めようじゃないか」 「クイズ?そんなことして何に・・・」 「ほらほら、問題を言うからよく聞いて」 こうなったら仕方がない、この探偵にやる気を出させるためにはある程度コツがいる。ここはこの提案にのってやろうと助手は考え、ため息をつき 「約束だぞ?私がクイズに正解したら、すぐに仕事を始めるんだからな?」 「任せておきなさい」 探偵は寝そべりながら右手を挙げヒラヒラさせながら答えた。 「それでは問題。さっき僕は何に会ったでしょう?」 そういうと探偵は首を助手に向け、 「ルールとして、君の質問一つに付き僕は、“はい”か“いいえ”で答えよう。そして質問は10個まで。それまでに答えを導き出してくれ。当然僕も嘘はつかない。聞かれたことには正直に答える」 助手は少し考えると 「ちょっと情報が少なすぎない?何に会ったかだけでは何とも」 「それじゃ一つヒント。相手が一言目に言ったことを教えようか」 そして話の流れは冒頭に戻る。  “ねぇ、覚えてる?”この言葉だけでは人物の特定にまではほど遠い。しかしいくつか推測することはできる。覚えているかと尋ねてくるということは探偵と以前会ったことがあるということ。探偵の仕事で会ったのか、プライベートか、まずはそこから突き止めよう。そう考えつつ助手は口を開いた。 「では質問、その人は友人か?」 助手が尋ねると探偵は 「いいえ」 と即、答えてきた。 「なら、家族?」 「いいえ」 またも外した。ならば元恋人とかだろうか。あるいは大学時代の恩師とか先輩か?バイト先の店長? こう考えていくとキリがない。それならば 「その人は探偵の仕事以外で知り合った人か?」 「いいえ」 ということはプライベートではない。 「その人は依頼人か?」 「はい」 依頼人とばったり会ったのか。しかも覚えてる?聞いてくるぐらいだから相当前の依頼だろう。次は依頼の内容を知りたい。そうすれば大体の人物像が見えてくるはずだ。 「その人は浮気調査の依頼で来た?」 「いいえ」 「なら失踪人の捜索?」 「いいえ」 質問の数を浪費してしまう。すでに6個質問してしまった、あと4つで答えを出さなければ。 探偵の方をチラリと見てみるとさも面白そうにニヤニヤ笑っている。 なんとも腹が立つがここは我慢だ。冷静に頭を働かさなければ。 その人物は探偵事務所に依頼があって来た。そしてその内容はありがちな浮気調査でも失踪人の捜索でもない。ということは・・・ 「その依頼は刑事事件になるようなものだった?」 「いいえ」 どうやら事件性がある類のものではないらしい。ピンポイントに一つ一つ聞くのではなく、もっと大枠でとらえなければ 「その依頼人は何かを探しに来た?」 「はい」 「その探しているものは生き物?」 「はい」 人の捜索ではなく、生き物の捜索ということは・・・ 「その人はペットの捜索を依頼しに来た」 「はい。さぁこれで10個だ。」 と探偵は言い、むくりと起き上がり、ソファに座り直し、助手を正面から見据えた。  助手は顔を下に向け、考えている。 しぼれてはきた。しかし、気になることがある。“ねぇ、覚えてる?”という依頼人の言葉だ。 久しぶり、なら分かるが覚えてる?というのはやはり違和感がある。まるで何十年ぶりかに再会したかのような言い回しだ。 自分の容姿が加齢などでだいぶ変わってしまった。だから、覚えてる?と尋ねた。そういうことなのだろうか。しかし、知り合いではない。  ・・・待てよ、容姿が変わったということは・・・ 「さぁ、分かったかな?」 探偵が尋ねてくると、助手は考えがまとまったらしく、顔を上げ答えた。 「ええ、分かった。あなたが会った人というのはペットの捜索をかつて依頼してきた人。しかもその依頼人は小学生ぐらいの子供でしょう。おそらくは数年ぶりの再会で依頼した当時よりも大分成長していたんじゃない?だから依頼人は覚えてるか?と尋ねた」 探偵は嬉しそうに笑うと 「いいね!でも半分正解といったところかな。依頼人が子供だったってのは正解だよ。ちなみに女の子ね」 「あとの半分は?」 助手が尋ねると、探偵はニヤリと笑い 「正確には犬を抱えた女の子、だね。君、肝心の犬を忘れちゃだめだよ。」 「でも誰に会ったか、って問題だったでしょう」 「いや、僕は何に会ったかと言ったんだ。誰ではなく、何だから当然犬でもいい。だから女の子と犬が両方答えに入ってないと完璧な正解とは言えないね」 「屁理屈じゃない、そんなの。少ない情報から女の子までたどり着いたのに。というかペット探しなんか、つまらないとか言ってなかった?」 助手がそう言うと探偵は 「まぁね、あの頃は気持ちが沈んでたからね。ちょうど彼女を亡くしたばかりだったから」  助手はハッとした。そうか、もうそんなに経つのか。探偵の恋人が亡くなってから。 そしてその少女はちょうどあの時期に現れたのか。 助手が黙っていると、探偵は続けて 「あの頃は気持ちが沈んで生活もかなり荒れていた。毎日事務所で酒ばかり飲んでたよ。そんなある日に事務所のチャイムをしつっこく押す客が来てね。最初は居留守を使ってやろうと思ったけど、あまりにも粘るもんだから頭にきて、怒鳴りつけてやろうと思ってドアを開けたらあの子が立っていたんだ。正直面食らったね。まさかあんな小さい女の子が一人でいるとは思わなかったから。すぐに追い返そうと思ったけど、彼女必死に行方不明の飼っている子犬を探してほしいと言うんだ。ここの事務所の住所、スマホで調べて自分一人で来たんだぜ。あの女の子の真剣な熱意に何か感じるものがあってさ、それで依頼を受けたんだ」 「あの子に、覚えてる?と聞かれたとき、あの女の子と犬だけでなく、ちょうどあの頃のことが思い出されてね。 それにしても子供の成長は早いね。あの子も犬もずいぶん大きくなっていたよ。あの子、来年から中学生だそうだ。元気そうだった。本当にね・・・」  探偵はそう言うと少し目を細めた。そしてコーヒーをぐいと飲み干すと 「さてと、仕事を始める前にコーヒーを淹れ直そう。君もどうだい?」 「ええ、いただきます」 それを聞くと探偵はカップを二つ持ち、コーヒーマシンの方へ歩いて行った。
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