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私には恋人がいる。名前は、香織。
5歳年上の彼女。
でも、彼女とは言ってるが、戸籍は男性だ。身体もホルモン治療はしているが、男性のままである。でも、気持ちは女性。生粋の女の子だ。そんな彼女を私は誰よりも愛しく思えた。
彼女といる時間は幸せで、何にも代えがたい時間。彼女が笑うと私の顔も笑顔に変わってしまうくらいだ。
でも、そんな彼女の笑顔を殺す事件が発生した。
それは、20××年6月中旬頃、雨がよく降っていたことが印象的で、傘を忘れたなんてどうでもいいことを考えていた時。
私のスマホが着信を鳴らした。
彼女の電話番号。この時間にかけてくるのは珍しく、電話に出ると、外の雨の音がした。
「もしもし? 」
私が電話に出ると、暫く無言の彼女。嫌な予感が頭を掠める。何かあったのかと、声をかけようとしたら
「ごめんなさい 」
か細い声。いつもの元気な声ではない。何か失敗した時でもこんな声では謝らない。元々、メンタルが強くない彼女。いつもの発作か?そう思ったけど、普段なら泣きじゃくる。
でも、泣きじゃくってる様子もない。
無、だった。
「大丈夫……だよ? どうしたの? 」
落ち着いて、事情を聞こうと思った。彼女は、また、ぽつり。
「ごめんなさい」
会話が成立しない。彼女はただ、謝るだけ。私は、どうしようか悩み、仕事を早退することに決めた。
また、後でかけ直すね、と伝えて1度通話を終わらせる。それから、オフィスに戻り、上司の嵐山に声をかけた。
「お忙しいところすみません、家族から、電話があって様子がおかしいので、早退させていただけませんか? 」
仲の良い上司のため、心配そうに許可をしてくれた。私は荷物を纏めて、職場を出る。
あぁ、傘忘れたや
職場を出る時、大降りになってる雨をみて舌打ちしそうになる。駅まで走ってもびしょ濡れになるだろう。嫌な気持ちになりながら、私は駅まで走る。彼女に電話するのも忘れて。
私はそれを一生、後悔する。
最寄りの駅につき、小降りになってる雨に安堵しながら、彼女に電話をかける。
だが、出ない。
いつもなら、ワンコールで電話を出る彼女なのに。
不思議に思いながら家までの道を歩く。駅からはそんなに遠くはない。
「ただいまー」
家に着いて、鍵を開けた。
シャワーの音が聞こえていたので、少し待つ。待ってる間に用を足したくなり、手洗いの扉を開ける。用を足して、そのまま出た。一向に止まないシャワーの音。
1回も止めないことなんてあるか?
そう思い、風呂の扉をみつめた。
洗い場に彼女の姿はあった。椅子に座ってるようだ。でも、ビクともしない。
ガラス戸越しの彼女は動いてない。
じわりと嫌な汗を背中にかいた様な気がして。怒られる覚悟で扉を開けた。
私の勘違いならそれでいい。
青だぬきのアニメのように、キャーと叫ばれて終わりだ。
だけど。
そこで見たのは、彼女が腕から赤い血を流してる姿。
まずは、絶叫、その後、彼女の血を止めようと、タオルを使って、押えた。
慌てて、救急車を呼び、つっかえながらも住所を伝える。なにか叫んだ気もするが何を叫んだのかは覚えていない。
助けて、かもしれないし。
彼女が、彼女が死ぬ!死んじゃう、早く来て、だったかもしれない。
そのあと、どうやって、彼女が運ばれ私が病院にいたのは、よく覚えていない。
記憶があるのは、彼女の母親に泣きながら電話をした時。
彼女の母は冷淡だった。
子供が自死を選んだかもしれないという時に、他所様に迷惑かけて情けない。本当にダメな子供だと。そう投げ捨てた。
その言葉に絶句して、電話が切れたあとも立ち尽くし、看護師に肩を叩かれるまで呆然としていた。
「木崎さん、目が覚めましたよ」
看護師の言葉に頭を下げ、私は病室に飛び込んだ。包帯を巻いた彼女がベッドの背もたれに寄りかかり、呆然とした瞳で窓の外を見つめていた。
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