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僕は、今、都内にある寂れたBARにいる。
女性の格好をして、女性として。
戸籍としては男性の性を受けてるけど僕は違うと思っている。
僕は女性だ。でも、世間はそれを認めない。
「あ、いらっしゃい、ミチルちゃん」
マスターの佐倉さんだ。彼女はいつも、ニコニコしている。
「佐倉さん、今日の格好、どうかな??」
白のチュニックに、ピンクのフレアスカート、肌色のストッキングをつけて、赤のパンプスを履いている僕。一応、下手ながらもメイクもしてる。
「かわいいよ!すごく!」
親指を突き出して、にこにこと褒めてくれる彼女。それがすごく嬉しかった。
ここは、セクシャルマイノリティが集まる会員制のBAR。
その界隈では少し有名なお店だ。
世間で認められない、はぶかれてる人達。
「あら、可愛い格好してるじゃん」
カランコロンと音と言葉が同時に聞こえる。振り向くと、ケンさんが立っていた。
「あ、久しぶり!元気にしてたの?」
佐倉さんが穏やかに笑いかける。彼は佐倉さんに片手を上げると席に座った。
「ビール! 」
僕も彼に続いて席に座る。もう注文し終わって携帯をいじる彼。僕はカシオレを頼んで、待つことにした。
「はい、ビール、おまたせ」
彼女は、彼の前に並々と注がれたビールを置く。彼はそれをグイッと呷り一気に飲み干した。
びっくりしてる僕をよそ目に、今度は日本酒を頼む彼。
カシオレがコトリと置かれる。
「お待たせしてごめんね、お詫びに、オレンジ付けちゃう」
にっこり、笑う彼女。その笑顔が僕はすごく好きで、こちらも破顔してしまう。
「ありがとうございます! 」
お礼を伝えると、僕の頭を撫でる彼女。ふわりと甘い香水の匂いがふわりと漂った。
BARの中には僕とケンさん、マスターの佐倉さんしかいない。静かな空間に流れるジャズが心地よかった。
カランコロン、ドアのチャイムが鳴り、入ってきたのはレズビアンの凛香さんと愛結花さんだった。愛結花さんの顔は真っ赤でもう既にどこかで飲んできたのだろう。
凛香さんは、呆れたような顔をしながら付き添っている。
「佐倉しゃーん! また来たよー! 」
呂律の回ってない口調で愛結花さんが言うと、佐倉さんは苦笑いをしながらカウンター席を勧める。凛香さんは、愛結花さんを支えながら、頭を下げて、肩を貸して席へと座った。
「相当、出来上がってるのね、あゆちゃん」
佐倉さんはそう言いながら彼女の前に冷たい水を差し出した。
「うー、まだ、飲むー。」
半分夢の中にいるような表情をしながら、呟く愛結花さんに、凛香さんは、水を口元に近づけた。
愛結花さんは、器用に飲ませてもらいながら、ごにょごにょとなにか呟いている。まだ、飲み足りないくらいか。
「佐倉さん、私はウーロンハイを薄目で」
凛香さんが呟くと佐倉さんは頷いて、作り始めた。それを見ると、タバコを取りだし、火をつける。僕はその一連の動作を見て、手元にあった灰皿を彼女に渡した。
「あ、ありがとう」
凛花さんは僕の方を見て言うと、一息、紫煙を吐き出した。タバコの匂いはあまり、好きではなく、僕はその場から少し離れる。
「りんかと、はなれたくない〜」
ごねるような甘えるような声音で泣く愛結花さんに、凛香さんは、無言で頭を撫でる。僕は、何か事情を抱えているのかと思い、席へ戻った。
「だから、逃げよう。二人で遠くに」
佐倉さんが彼女の席にお酒を置くと共にポツリと吐き出された言葉。愛結花さんは、凛香さんを見ると、堪えていたであろう涙がぽつりぽつりと頬に流れ落ちた。
「あの人たちの言うことなんて聞かなくていいさ、私たちの人生だ。誰にも邪魔をする権利などないさ。だから、逃げよう。それが最善策だ」
普段は無口で冗談すら言わない凛香さんの口から流れる長広舌に僕らだけではなく、愛結花さんまでも驚いていた。
「凛香、でも、田中さんは……」
凛香さんは、首を振りふわりと笑顔を見せる。でも、その笑顔はどこか歪んでいて悲しげで。
「彼は、私ではなく私の家柄を見て近づいてきたんだ。君はそうじゃない。私という人間を見て、愛してくれた、選ぶのはどっちだ?そんなもの決まってる。私は愛結花を選ぶ。君以外、生涯のパートナーは務まらないさ」
その言葉に愛結花さんは、今度は声を出して泣いた。凛香さんは、彼女の頭を撫でながら、お酒を口に運ぶ。彼女の白い喉がこくりと動いた。
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