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「あの……」
遠慮がちに声をかけてきたのは、婦人警官。眼鏡をかけて、温和そうな顔立ちが戸惑いの表情に歪んでいた。
「古崎さんの御家族の方ですか? 」
そう言われ、私はくちごもってしまう。恋人、パートナー、友人……。その中でも最も正しく混乱しない表現を選ばなくてはならない。
そんなことを考える自分に嫌悪感が湧き上がる。
「あ、その、えっと……」
吃る私を急かさずに目線をあわせてくれ、辛抱強く待ってくれるその警官、私が絞り出したのは、
「ぱ、パートナーです」
曖昧かつ事情を説明しやすい方だった。彼女は、何かを察したような表情をしていた。それもそのはずだ。
戸籍は男性なのに、女性の格好をしている彼女。
そのとき、1人の警官の言葉が耳に入ってしまった。
「これってオカマなんですかね。性別どちらで書いたらいいんでしょうか。」
その言葉に私の表情がサッと変わったのだろう、婦警はつかつかとその警官に近づくと、怒鳴りつけた。
「警官がご遺族の前でそんなこと言うもんじゃありません!少しは言葉を考えなさい!私たちは遺体だけではなく、ご遺族の方の心も大事にしなきゃいけないの!」
その言葉に私は涙が溢れて止まらなくなりそうになった、初めてだったのだ。
「す、すみません!!」
帽子をとり、頭を下げる警官にまたしても怒鳴りつける彼女。
「私ではなく、この方に頭を下げなさい。彼女は、御家族です、この方がどんな気持ちでここにいるのか考えなさい」
そして、私に向かい直すと、彼女は頭を下げた。
「部下の軽率な発言、謝罪致します、誠に申し訳ございません。以後、厳しく指導致します……」
私は慌てて、涙を拭い、手を横に振る。許せる訳では無いが彼女に非はない。
彼女は、警察の手で運ばれ、本当の家族が呼ばれることになった。
でも、彼女の家族は来なかった。
勝手にどうにでもしてくれというような感じだった。
そして、彼女が荼毘に付され、私はそれを見守ることしかできなく。
ただ、ただ、絶望していた。
それから、5年、時を経ることとなる。
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