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「廉太郎、車出すから自転車どかして」 「はぁい」  蝉の声がうるさい。何もしていなくても汗が吹き出してくる、夏。  私は廉太郎と一緒に、実家に帰っていた。  あの日、私はベランダの床で意識を取り戻した。隣戸で廉太郎の悲鳴を聞いた丸山さんが駆けつけ、気を失った私の体を手すりから引き下ろしてくれたらしい。  彼女が呼んだ救急車で病院に担ぎ込まれた私の脳に異常はなかったけれど、夫は妻の頭がおかしくなったと思っているようだ。全てを隠さずに話した私を残念なもののように見て、「引越しの疲れが出たんだろう」と言い張り、信じてくれなかった。  私は社宅に戻ることができず、廉太郎を連れて実家に逃げた。夫に何と言われようと、もうあの家で暮らすことなどできない。  ゆいくんは今でも、自分だけを愛してくれる母親を探して、さまよっているかもしれないのだから。 「ママあのね、昨日ゆいくんが夢に出てきたんだ」  いつかはあの社宅に戻り、またゆいくんと遊べると思っているらしい廉太郎が、助手席に乗り込んで笑った。 「分けてくれるなら、半分でいいよって言ってた。何のことだろうね?」 「さあね、シートベルトして」  私はギアをドライブに入れ、母の車を発進させた。今日は検診だ。エコー画像を見たいと言う廉太郎を連れて、隣町の産婦人科に向かう。  このタイミングで、第二子を授かるなんて。実家に帰ってすぐ判明した妊娠に不安はあるけれど、廉太郎も喜んでくれているから、最近は私も前向きに考えられるようになってきた。 「あぁ、弟、楽しみだなぁ!」 「妹かもしれないじゃない」  そう言うと廉太郎は、意味が分からないというように首をかしげた。 「ママ、何言ってるの?」 【了】
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