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柔らかな木漏れ日が差し込む森の獣道を、Xはゆったりとした足取りで行く。静寂の中に、鳥や虫の気配だけが微かにXの聴覚を通して届く。
Xは歩きながら、つい、と視線を少しだけ上に向ける。広葉樹の葉の間から覗く空は雲ひとつなく青く、よく晴れていることがわかる。
果たして、この空を見てXが何を感じているのだろう。『異界』にいる間の、Xにとってはつかの間の自由ともいえる時間。この時間を、Xがどう捉えているのか私は知らない。私はXに問うこともなく、Xもまた必要以上を語ることはなかったから。
その時、不意に木々の枝が擦れるような音が聞こえてきた。その音は徐々にこちらに近づいてきているようで、ふとXがそちらに目を向ける。
すると。
「わ……っ!」
ざん、と木々を揺らす音を立てて、Xの目の前に、人が飛び出してきたのだった。
こちらを見て目をまん丸くしているのは、高校生くらいの年頃に見える少女だった。簡素な和服を纏った姿で、黒髪を結い上げている。どうも、この『異界』は少しばかり古い時代に似た世界のようだ。
「び……、っくりしたぁ。こんなところに人がいるなんて」
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