花嫁に幸福を

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 Xが降り立った『異界』の森は、やがて開けて川へと辿り着く。今まで木々の葉の間から降り注いでいた光が今度は真っ直ぐにXの視界に飛び込んでくる。小川も太陽の光を照り返してきらきらと輝きながら流れている。  Xをここまで連れてきた少女は、川の傍らに転がる岩に腰かけて、Xにも横に座るように、とぺちぺち岩を叩く。Xはそれに従って少女の横に座る。さらさらという水の流れる音が私の耳にもスピーカーを通して届く。 「うーん、本日は晴天なり! とってもよい日和だよ」  言葉に反して、少女は不満げに唇を尖らせる。 「……晴天だと、何か、困るんです?」 「困る、ってわけじゃあないけど。どうせ、必ずその日は来るんだから」  膝を抱えてぽつりと言った少女は、Xに視線を向けて口の端を持ち上げる。 「あたしね、これから結婚するの」  その言葉はあまりにも唐突で、Xは一瞬どう答えるべきか悩んだのだろう。しばしの沈黙ののち、こくん、と首を傾げて言った。 「おめでとう、ございます?」  語尾に疑問符がついていたのは、Xの戸惑いの表れだろう。少女はそんなXの反応が愉快だったのか、ふふ、と笑いを漏らす。 「ありがと。でもね、これがひとりでいられる最後の時間なんだ」  少女のほっそりとした腕が天に向かって伸ばされる。少女の言う通り、本当にいい天気だ。Xの見上げる青い空を、鳥の影が横切っていく。
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