花嫁に幸福を

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 彼女から見ての「知らないおじさん」であるXは、しばらく黙って少女の話を聞いていたが、彼女の言葉が途絶えたところで、不意に声を落とした。 「結婚を控えたお嬢さんが、知らない男と二人きりなんて、あまり好ましい状況ではないのでは?」 「えっ、それ自分で言う?」  少女は腹を抱えてけらけらと笑う。笑いながら、Xに言葉を投げかけてくるのだ。 「それともおじさん、あたしのこと、連れ去ってくれたりするわけ?」  ――どこか、遠くへ。  その言葉は夢見るようであり、それでいて酷く切実な響きを帯びているように思えた。そして、実際に、ここではないどこか遠くからやってきたXは、しかし、首を横に振って言うのだ。 「申し訳ありませんが、ご期待には添えません」 「期待もしてないから大丈夫。おじさん、真面目だねえ」  愉快さ半分、呆れ半分といった調子で笑う少女は、岩の上に立ち上がる。 「ま、いいんだ。それより、おじさんは結婚はしてないの?」 「その手の縁がなかったもので」  結婚の経験に限らず、きっと、Xにも人並みの人間関係とそれに伴う経験があったはずなのだ、とその言葉で思い至る。これも、私が問わず、Xが語らなかったことの一つだ。  その上で、Xは少女を見上げて言うのだ。 「なので、私が言えることなど、ほとんど、ありませんが」
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