花嫁に幸福を

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 ぽつ、ぽつと。単語を選ぶようにしながら、Xは少女に向けて言葉を紡いでいく。 「想像できないことは、いつだって、恐ろしいものです。けれど、経験してみると、案外、どうってことなかったりはしますよ」 「それ、もしかして、励ましてくれてる?」 「一応、そのつもりです」 「下手くそだねえ」  Xの言葉にばっさりとした評価を下しつつ、それでも少女はおかしそうに笑っていた。眩しそうに目を細め、空を見上げて、笑うのだ。 「うん、でも、少しすっきりした。ありがとね、おじさん」  あと、ここであたしと喋ったことは内緒だからね、と薄い唇の前に人差し指を立てる。こんなことを言っていたなんて先方に知られたら気まずいにもほどがある、と。  その時、遠くから声が聞こえてきた。誰かを呼ぶような、響き。少女は森の方を振り返り、ぺろりと舌を出す。 「おっと、時間切れかな。そろそろ行かなきゃだ」  音もなく岩から飛び降りた少女は、そばに生えている木の枝を折りとり、指の中でくるりと一回転させる。すると、ただの木の枝だったそれは一本の簪に変わる。それで黒髪を纏めなおし、身を翻す。  ――その瞬間、少女の纏っていた簡素な服が、豪奢な白装束へと変化した。  きっと、Xは目を丸くしたに違いない。私も少なからず驚いた。少女の顔にはいつの間にか丁寧な化粧が施され、傍目に見る限りそれは確かに「花嫁姿」であった。 「それじゃあね、おじさん」  重そうな花嫁衣裳にも構わず、身軽な動きで少女は森へと駆けていく。Xはその背中に手を伸ばしたが、少女は振り向いて笑うだけで、それ以上何を言うこともなく木々の間へと身を滑り込ませ、Xの視界から消えてしまう。
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