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「だから声優の仕事、来るぶんには受けようと思うんです。もちろん舞台もやるつもりですけど、両方っていうか。欲張りたいなって」
「いいと思う。俺がまほレクと出会ったみたいに、美夜さんの舞台に出会って人生変わる人もいるし、そういう前向きな考えで選択したことならきっといいよ」
今の私がいいとこの人は言ってくれる。
以前の私はどうして後ろ向きだったのだろう。ストーカーに消えてほしいがために声優を辞めようとしていたから。それが朝日さんにはひっかかっていたんだろう。
朝日さんはこの意見には応援してくれている。私が前向きな考えで選んだからだ。
「うどん、食べちゃいましょう。七瀬さんが買ってきてくれたんです。ヨーグルトとか他にもあるんで後でお礼を言ってくださいね」
「七瀬にも世話になっちゃったな」
「本当に」
いくらやわらかく煮たうどんがいいと言っても、煮過ぎはよくない。うどんの器へとよそう。
「それでこの偽装結婚のことなんですけど、これからもよろしくお願いします」
「え?」
「私の問題はもう解決したけど、これだけ派手にのろけてはしばらく離婚はできないと思うんです。それもあってもう数年は結婚していた方がいいですよね」
「あ、うん……」
端切れ悪く朝日さんは返事をして、うどんのスープを飲む。あの派手なのろけの後すぐに離婚したら、あれはなんだったのかと皆に思われる。お互いのイメージのためにも離婚はまだ先にしたほうがいい。だからあと数年。偽装結婚は続ける。
てもこれからはお互い家を開ける時間をあえて作って、お互いに負担がないようにしないと。それだけしたってきっと私にはメリットがある。家事は半分で済むし、いい部屋だし、男性がいるだけで犯罪に巻き込まれる不安がぐっと減る。朝日さんには苦労させてしまうだろうけど、本当に襲うことだけはないだろう。彼が真面目すぎて警戒するよう言っているだけだ。
目が泳いで頬をかきながら朝日さんは気まずそうに何かを言い出す。
「あの、俺、熱あってもわりと元気なタイプなんだよね。ご飯食べれるし、頭も冴えてるし」
「ええ、それは知ってます。七瀬さんから聞きましたし、それで急に倒れてしまったわけだし」
「……だから昨日の結婚実況もとくに失敗せずできたわけだけど……いやこれはわざとなのかな? 無意識か、本当に狙ってやったのか……」
「なんですか?」
何か伝えたい事があるのだろう。しかし私にはまったく伝わってこないので、単刀直入言ってほしい。
「昨日の俺は『これ投稿したら偽装結婚期間長引くなー』って、思って投稿したんだ」
単刀直入なんだけど、わかりにくい話だった。
目をぱちぱちさせて朝日さんの目を見る。彼の目は未だ泳いでいてつかまらない。
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