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「お互い生活に干渉はしない。けど朝食はなるべく一緒にとろう。これは夫婦としての偽装工作だから」
「偽装工作、大事ですね」
「うん。お互い仕事で忙しいんだから、それだけしてれば夫婦っぽくはなるよ」
朝日さんは声優の仕事の他に歌手活動もしているし、動画配信もしている。一方私も声優の仕事のこれから舞台の仕事を増やそうとしている。それではすれ違っていて当然、と皆思うだろう。そんな中朝食だけは一緒にとるようにしていればすごく夫婦っぽい。世の中を騙せるはずだ。
「その朝食は基本交互に用意する、でいいよね。食費は共用の財布や口座を作ってそこから出そう。あとスケジュールアプリ入れてお互いの仕事や予定は把握するようにしとこう」
偽装結婚はただのルームシェアだと思っていた私だったけど、夫婦らしく見せるというのはなかなかの問題であるような気がしてきた。まぁ、先輩な朝日さんがいればきっと大丈夫だ。
「なんならあのドラマみたいにハグの日でも作っちゃう?」
「それは結構です」
ただしたまにチャラい。まぁ、女慣れしている人ならこれくらいはあるだろう。そこは私が流されなければきっと大丈夫だ。
「美夜さん、今日はアニメ作品のインタビューだっけ? カメラある?」
「はい。収録後に集合写真を撮るかと」
「よし、じゃあこのアクセつけてって。それだけでファンが見つけて夫婦だラブラブだと騒ぎ出すから」
朝日さんは自分がつけていたネックレスを外して私に預ける。それはシンプルなもので、女性が着けても似合うものだ。私の手持ちの服と合わせやすい。チャラチャラ音がしそうなので収録時には着けていられないけれど、その後の撮影につければちょうどいいだろう。それだけで世間は私達をアクセを貸し借りするような仲良しな夫婦と察してくれる。
「朝日さんは今日、吹き替えの仕事でしたよね」
「うん。初めて行くスタジオなんだよな」
「その収録スタジオ、かなり入り組んだところでわかりにくいので事前に調べて行くことをおすすめします。外観写真送っておきますね」
「おぉ、めちゃくちゃ助かる……これが結婚なのか。確かにありがたがるのもわかる」
朝日さんは男女の関わり方を、私は業界の細かな事を教えてやれる。そういうのは結婚のいいところなのかもしれない。いや、友達とでも情報共有はできるか。
なんにせよ、心強い味方ができたのは確か。偽装結婚相手にこの人を選んで良かった。
「ああ、最後の決まりを忘れてた」
「最後?」
「お互い他に相手ができたりしたらすぐ離婚する、ってことだよ。大丈夫、声優同士って結婚も多いけど離婚も多いからね。皆すぐ忘れてくれる」
諦めるような朝日さんの言葉に私はあいまいな笑みを返す。
こっちは一度結婚できればそれでいい。あまり重要ではない決まりだ。
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