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「週刊誌はできれば確実な情報がほしいんだよ。だから君と藤宮美夜の結婚には絶対くいつく。そうしたら真柴ましろとの写真は用済みだ。週刊誌からしてみれば、真柴ましろの話題性だけで撮ったんだから」
週刊誌は何も私達に嫌がらせをしようとしてつきまとっているわけではない。そういう情報を求めている人がいるから撮っている。真柴さんの写真もそのうちだ。彼女が週刊誌に載ったとしたら、彼女のファンは買うと踏んでいたのだろう。
ただしその写真は決定的なものではない。ただ男女が並んでいるだけなのだから。週刊誌は一時的に売上が伸びるかもしれないが、これから似たような事をやってひっかかるほどファンは馬鹿じゃない。だから確実な情報をこちらから与えて、不確かな情報は削除してもらう。そうすれば週刊誌も私達も損はない。
それが偽装結婚だ。
「結婚といっても偽装結婚でいいんだよ。ルームシェアと思ってくれればいい。それでうちの真柴も君も声優生命が伸びるんだ。悪い話じゃないよ」
「で、でも、藤宮さんは関係ないのに。まだ若いし、女性声優さんは気にしている方も多いのでは? 結婚したら人気が……」
人気が下がる、と濁しながら朝日さんは言った。
女性声優は若いほどにいい。そして彼氏がいてはいけない。結婚なんてもってのほか。そんな常識が声優界にはある。アイドルでもないのにおかしな常識だ。
「藤宮は声優の仕事を控えるつもりでね。声優をやめるつもりもあるらしい」
「声優を、やめる……?」
「だから結婚で人気が落ちていいし、ストーカーに悩まされているんだ。結婚したらストーカーも引っ込むだろうという考えでね。しかし本人に男はいない。仕方ないね、この子はずっと仕事ばっかりだったから」
私よりも上手な説明を社長がしていく。朝日さんは私を不安そうな目でじっと見た。
そのとおり、私は声優をやめるつもりがあった。それも十代のころからつきまとってくるストーカー達のせいだ。尾行に盗撮、誹謗中傷に殺害予告など、人気商売だからというには多すぎるほどの嫌がらせを受け続けた。
だから私は声優仕事を減らして舞台などの仕事がしたかった。マナーが悪い声優ファンから遠く離れたかったのだ。
結婚すればストーカーは一斉に去るだろう。なにより男性と暮せば安全だ。だからこの偽装結婚に私もメリットはある。
本当は自力で結婚相手を見つけたかったけれど、嫌がらせをされ続けた私にはどうしても無理だった。男の人全てが苦手になりつつあったのだ。
そんな中、事情あってこの偽装結婚を受け入れてくれるかもしれない朝日さんは都合のいい存在だった。
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