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自分の仕事のためならばと朝日さんも偽装結婚をするしかない。なにより異性に不自由していない人なので見境ない真似はしないし、彼にアプローチした女性達からもなかなか良い評判を聞いている。なんでも、『もういい年なのに結婚するつもりがなくて、付き合うのは申し訳ない。だから付き合えない』とのことだ。
ゲイなのか所属するコミュニティで恋愛をしない主義なのか、本当に結婚願望が皆無なのか。そこまではわからない。これ以上踏み込むわけにもいかないから聞かないでおくけれど、そういう風に異性を丁寧にお断りする人は信用できる。
「新婚には大きいくらいの部屋が余っているんだよ。セキュリティもばっちりだ。君達はそこで夫婦として暮らすけど、ルームシェアとして考えてくれればいい。それでほとぼりがさめる頃に離婚を発表すればいいんだよ」
「待ってください。ちょっと思い切りよすぎませんか? 結婚に離婚って、そんな簡単にできるものじゃないでしょう」
「まぁそうだねえ。僕も二度離婚してるし。あはは、離婚のがしんどいかな」
乾いた笑い声と重みある言葉を繰り出す社長。離婚はしんどい。やっぱりそうなんだろう。うちの両親もそうだった。……いや、母は離婚してからのほうが活き活きとして、父がげっそりとしていたので人それぞれなのかもしれない。
「でもさ、君達結婚する気ないからちょうどいいんじゃないかな。高月君は結婚する気なく遊び回ってるって業界じゃ有名な話だし、藤宮は男嫌いだし」
「業界で有名なんですか……」
やっぱり朝日さんは遊び回ってるのか。そして有名な話なのか。それはそうだ。この高身長で顔がよく声も良く仕事も順調となれば女の人はいくらでも寄ってくる。遊ぶなというのが無理な話だ。
「それか本命がいて結婚するとなると困るの? それだったら真柴との写真も困るはずだけど」
「いえ、そういうわけでは……」
「だったら人助けだと思って! しつこいストーカーが退散するまででいいから!」
私よりも熱心に説得する社長に、少しだけ押されて朝日さんはちらっと私を見た。
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