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高月朝日は私の先輩声優である。声優としては先輩ではないけれど、私の人生や恋愛における先輩だ。
その先輩と偽装結婚をすることになった。
段ボールしかないリビングで、私と彼はフローリングの上に正座し、改めてこれからの話をした。
「美夜さん。これから二人で生活するためのルールを決めようと思う」
朝日さんは五つ年上の三十歳。ピンクブラウンの派手な髪色がやたら似合う、柔和に整った顔立ちをしていている。もちろん声も良くて、背も高くスタイル良く、イケメン声優と呼ばれている。当然女性ファンがすごく多いし、実際同業者関係者など言い寄られている。そしてそれをすべて断っているというお人だ。
それだけの恵まれた人の視線と声が私にだけに向かっているというのは、なんとももったいない気持ちだ。
一方私、藤宮美夜(みや)は芸歴二十年超えの二十五歳。元子役で中学生から声優の仕事を始めた。それから『みやみや』という愛称でアイドルみたいな売出し方をされて声優を続けている。背が低く童顔で、朝日さんとの凸凹ぶりがすごい。
「まずはお互いの個室は絶対に鍵をかけてお互い進入禁止。この結婚はただのルームシェアということにしよう」
「個室にまで鍵をかけるんですか?」
そこまでしなくても、という気持ちで私は聞き返す。
これは結婚というシステムを使ったルームシェアだ。だから夫婦のような行為はしない。別々の部屋で、別々のベッドで眠る。そのために施錠の徹底を改めて伝えるのも理解できる。でもそれを警戒して当然な私じゃなくて、朝日さんから念を押して言い出すとは。
「美夜さんが信用してくれるのは嬉しい。けどなあなあで済ませちゃいけないことだよ。もし何かトラブルが起きたとき、相手を疑ったり疑われたりしたくないから鍵をつけよう」
「トラブル、ですか」
「普通に俺が襲ったりとかするかもしれないし、その気はなくてもそう見えるような行動するかもしれないじゃん。ラッキースケベ発動したらどうするの」
朝日さんは慎重に説得するが、私は彼を特別に信用していた。なにせこの顔声性格で女の人にモテていて、その扱いがうまい。女の人に飢えていないという信用から私は彼との偽装結婚を決めたくらいだ。
しかし世の中にはラッキースケベというものがある。アニメでよくある、男の子が転んだ拍子に女の子を押し倒す、みたいなことだ。
なるほど、そういう誤解をしないためにお互い警戒しようという話だ。
私だって、もし朝日さんの部屋からゲームソフトがなくなったとしてそれで疑われたら悲しい。それを防ぐための徹底施錠だ。
「あと、お互い嫌な事があったらすぐ相手か相手の事務所に言う事。俺に言いづらい事があったら事務所に言うんだよ」
「はい」
私は子役から声優になったため、あまり世間を知らない。だからか朝日さんの言葉は子供にするような言い方だ。
多分朝日さんは過去女の人と暮らした経験があり、これだけはというところを決めていたのだろう。子役しか経験のない私なんて子供みたいなものだろう。
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