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ゴールは二人で
「すごい、美影! とっても綺麗だよ。本当に見違えたみたい!!」
「えへへ、そうかな? そうだったら嬉しいな♪ ありがと、ヒナタ」
僕がウエディングドレス姿の彼女を褒めると、弾けるような笑顔を見せてくれた。
彼女はその穢れの無い純白のドレスを着るために生きてきたかのような、今まで見てきた中で一番の輝きを放っている。
僕もこの美しい姿を見ることができて本当に嬉しい。
覚悟を決め、ここまで苦労して準備して甲斐があるってモノだよ。
いやいや、まだ大事な結婚式があるんだった。みんなに見られながらっていうのはとても緊張するけれど、最後の勇気を振り絞らなきゃ。
――ゴールまで、あと少し。
◇
彼女とは幼い頃からいつでも一緒で、とても仲が良かったんだ。
手を繋いで一緒に学校も通っていたし、お風呂もよく一緒に入っていた。
今考えると……あの頃の美影を見れたことは、僕の一生の宝物かもしれない。
「ヒナタ~! 今日も洗いっこしようよ!」
「んー、いいよ! じゃあ僕が先に洗ってあげる!」
「えへっ、やったぁ! 優しいヒナタ大好き!」
僕の事が好きでたまらない美影は、お風呂の脱衣所で裸になったまま抱き着いてくる。ちょっと膨らみかけた胸が身長で負けている僕の顔に当たって、思わずドキっとしちゃう。
「ちょっと! 汗がついちゃうだろ!? それに僕、たくさん遊んで汗臭いんだから離れてよ~」
「これから洗うんだからいいじゃん、別にぃ~。それにヒナタの汗、臭くないよ?」
――ゾクゾクッ!
「ひゃうっ!?」
抱いていた僕の頭を掴んだまま、なんと美影が首筋を舐めてきた。
不意打ち過ぎて女の子みたいな声が出ちゃったじゃないか、もう!!
「あはは、かーわいい!」
「そういう悪戯するなら、もう洗ってあげないよ!?」
「えっ、やだやだ! ごめんね、ヒナタ。だから怒らないで??」
悪戯好きの癖に、僕に嫌われそうになるとすぐにコレだ。
涙目になって、オロオロし始めちゃった。そんな彼女も可愛いからもうちょっとだけこのままにしたいけれど、可哀想だから許してあげよう。
「怒ってないから、早くお風呂入ろう? このままじゃ風邪ひいちゃうよ~」
「ぐすぅ、良かった……うん、入ろう!!」
そうして僕はお詫びのしるしに、美影に全身隈なく洗ってもらうことになった。
でも、そろそろ僕も一緒に入るのは恥ずかしいんだよね。美影に触られていると、最近……変なところがムズムズするんだ。
◇
「小さい頃の美影は可愛かったけど、今はすっかり綺麗になったよなぁ」
「んふふっ。そうでしょ、そうでしょー?」
「高校生ぐらいになった頃から、随分とオトナっぽくなったもんな~」
自然と一緒にお風呂に入らなくなってしまったのは残念だったけれど、僕たちは相変わらず仲は良かった。
お互い同じ高校に進学したし、制服姿になった僕たちは揃って電車通学していた。
「うぅ~、相変わらずこの時間の電車は混んでいて嫌ね……」
「こればっかりは仕方ないよ。ほら、もっとこっちおいで?」
吊革を命綱のようにしっかりと握りしめながら、僕らはギュウギュウに詰め込まれた車両の中で愚痴をこぼす。
高校生になって僕が彼女の身長を抜いたとはいえ、周りは大きな会社員たちに囲まれて息苦しい。華奢な美影を守るようになるべくスペースを空けるように努力はしているけれど、乗車率150%超では焼け石に水なようだ。
「今日の数学の小テスト、嫌だなぁ……ん? どうしたの、美影?」
「んっ……な、なんでも……んあっ!? ないわよ……」
さっきまで普通に会話をしていたのに、急に悩まし気な声を出し始める美影。
なんだかちょっと熱がこもっていて、エロい感じが……ってまさか。
「やあっ、ん……見ないでヒナタぁ……」
「クソッ、痴漢かよ! 許せない!!」
大事な僕の美影に、汚い手で触るんじゃない!!
美影の下半身をまさぐっていた手を掴み、僕は捻りあげる。
悲痛な声を上げた男は物凄い力で僕の手を振りほどき、彼女の身体から離れた。
すぐに周りの人たちが僕たちの異常を察してくれたけど、結局その痴漢は人混みに紛れて逃げてしまった。
「ふぅ……大丈夫だった、美影?」
「うん、ありがとうヒナタ。怖かったよぅ……」
僕の胸に泣き顔を沈める美影。
授業に遅刻することなんてそっちのけで、僕は彼女が泣き止むまでそっと優しく髪をなでながら慰めていた。
◇
「ヒナタはいつだって、私のヒーローだったものね」
「そうかなぁ。でも美影が傷付いていた時は一緒に居ることしか出来なかったし……」
「それでも……だよ?」
僕がちょっとした用事で遅く帰ったある日。
なぜかパトカーから降りてくる美影を見掛けた。
彼女は今までに見た中で一番の暗い顔をしていて、いつもバッチリきめていたメイクなんてボロボロになっていた。
様子のおかしい彼女に気付いた僕は、すぐに駆け寄って事情を尋ねた。
だけど彼女は決して口を開かなかった。
ただただ泣き続ける彼女をどうしていいか分からなくなってしまった僕は、学校も休んでひたすら隣に居続けた。
そして1週間ほど経った頃。
やっと何があったか教えてくれた彼女を……僕は抱いた。
すでにお互いがお互いを好きだって、さすがに何となく分かっていた。
だから自然と僕らは口付けをし、貪るようにお互いを求め合った。
それしか、僕には彼女を慰める方法が見つからなかったから。
◇
「えへへ……な、なんだか恥ずかしいな」
「そんなことないだろ。さぁ、行こうか。ゴールインまであと少しだ」
「うんっ!」
僕らは今日、改めてひとつになる。
美影の手を取って、僕たちは会場へと歩き出した。
教会に着いたら、婚礼の儀式が始まる。
バージンロードを歩いていき、神父の前で指輪の交換。
そして永遠の愛を誓う……キスをした。
その時につい涙を一筋流してしまった彼女はとっても可愛くて、美しかった。
披露宴の会場に移ったあとは、いつもの明るい彼女に戻っていたけれど。
親戚や友人たちに囲まれて、笑顔を見せる美影。
美味しい食事はさすがに口に入らなかったけど、賑やかな雰囲気を楽しむことはできた。
さぁ、あとは……初めての共同作業の時間だ。
僕は運ばれてきた巨大なケーキを見上げる。
美影が大好きな苺がタップリと使われている、特製のケーキだ。
そしてギラギラと光る、長く鋭いナイフを手に持った。
「いいかい、美影……」
「うん。ありがとう……ヒナタ。もう、死んでも離れないからね」
ナイフを美影と一緒に持ち、ひと思いに突き刺した。
興奮した周りの来場者がキャーキャーと悲鳴を上げる。
刺しどころが悪かったのか、せっかくの白が飛び出た赤に染まってしまった。
「あぁ、これで美影を穢したクズを殺すことができた」
「巻き込んでごめんね、ヒナタ。私……どうしてもコイツを許せなかった。殺すことだけを考えて生きてきたわ……」
目の前には、白いタキシードを己の血でベッタリと汚していく新郎が倒れていた。
二人がかりでコイツの胸部を刺したし、すぐに息も絶えるだろう。
「僕があの時、痴漢としてコイツを警察に突き出しさえすれば……」
「きっとそれでも同じように逆恨みして私を襲っていたわ……あの日のように」
僕が掴んだ痴漢の右手。その手の親指には特徴的なホクロがあった。
その手をした男が、美影を襲い……全てを奪った。
警察もホクロの特徴だけでは逮捕まで至らず、絶望した僕たちは自分で復讐をすることにした。
「そうして僕は式場のスタッフとして潜り込み」
「私はアンタに近付き、婚約者として振る舞った」
「「こうして最高の舞台でアンタを殺すためにね」」
あ、もう息してないや。
もう周りも慌ただしくなってきたし、そろそろゴールを決めようか。
「美影姉さん……」
「もう、姉弟ってことに縛られることも無いわね。ヒナタ……あの世でもよろしくね?」
「もちろんさ。これはゴールであり、スタートでもあるんだから」
血に染まったウエディングドレスを纏った美影姉さんを抱き寄せながら、僕らは誓いのキスを交わす。
そして――。
……ざしゅっ。
あぁ、これでいつまでも一緒だよ……僕の最愛の人。
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