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「美緒、円陣するよ」
座長が、舞台の中央から私を呼んだ。
本番の五分前。役者全員が集まって、円陣を組むのは恒例行事だ。
「あ、今行きます」
一人分空いたスペースにキュッと身体を押し込む。
冷えた身体に、隣の人の体温が流れ込んできた。汗がまだ衣装に残っているのか温かいというより、蒸し暑い。
劇団を始めたころに比べると、ずいぶん小さな円陣になってしまった。
「みんな、集まったね」
衣装のグレースーツを着た座長が、全員の顔を順番に覗き込む。こくり、と頷くと目の前にいた同期の樹里と目が合う。樹里は、少しだけ口の端をあげて、わたしにだけ二ッと笑いかけてくる。
役作りのために染めたピンクの髪が、恐ろしいほどに似合っていて、まるで生まれつきの髪のようにもみえた。
「センシュウラクだ。悔いのないよう、全力を出し切ろう」
センシュウラク。
何度も聞いた単語のはずなのに、どこか知らない国の単語にも聞こえる。
「それに……」
座長の言葉が止まった。
「今日は、『劇団終末』の最後の公演だ」
幕の向こうのお客さんの声が、今日は一段とくぐもって聞こえてくる気がする。
「お客様の記憶に残るような、最高の公演にするぞ!シュウマツー!」
「おう!」
お客さんに聞こえないよう、本番前の掛け声はいつも小声のはずだ。
だけど、最後の公演ということもあって気合が入りすぎてしまったのだろう。幕の奥からも、パラパラと拍手が聞こえた。
「本番三分前です!」
はい、と小さく返事をして、みんな早足で定位置に戻っていく。
「がんばろうね」
すれ違い際、樹里が小声でつついてきた。
樹里は、本番前いつもわたしに「がんばろうね」と言ってくれる。
「うん」
終わるんだ。これで、すべてが終わるんだ。
照明が落ちて、真っ暗になる舞台上を横で見るのも。くぐもったような幕の奥の声も。『劇団終末』も。円陣も。樹里の「がんばろうね」も。
もう、終わるんだ。
終わりのはじまりを告げるブザーの音が、場内に響き渡っていく。
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