2,宝石はそこにない

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「お、ノア! 俺にもちょうだい」  いつの間にか流が後ろに立っていて、手を伸ばしていた。 「あ、あぁ、はい」  私は少し動揺しながらチョコレートを一粒渡す。いつから会話を聞かれていたんだろう。 「あ、ノアの彼氏さんだ! 今日はノア借りちゃってごめんなさーい」  弘果が明るい調子で手を合わせて、ごめんねのポーズをした。 「いいのいいの! ノアの友達も大事だからさー。ゆっくりしてってね!」  流はそう言って、手を振り離れていく。 「……部員に厳しいっていうか、いいもの作ろうと思ったらそうなんの!」  流がいる間は黙っていた横田くんが、会話を元に戻しながら、私のチョコレートの箱を手にする。  どういうこと? 勝手に? とまどいながらも、私はそのとまどいを見せてたら何かが崩れてしまう気がして、普通に会話を続けた。 「本当いいよね、ダンス部はすごいよ」 「えーノアに言われると嬉しい! 体育祭のあとは市民会館でも公演するんだよー観に来てよ!」  弘果もチョコレートのことには気が付かないのか、見ていないふりなのか、きゃっきゃと答えた。 「行く行く!」  私が弘果と喋っている間に、横田くんはチョコレートを一粒取り出した。 「あ、それいい。真北、公演来なよ。時期来たらチケット渡すわ」  そう言って、チョコレートを口にぽんとほうりこむと、何事もなかったように席を立った。  なに、今の。  私はチョコレートの箱を凝視したまま固まっていた。  横田くんが、私のチョコレートを自分のものみたいに、さらっと取って当たり前に食べた。  いや、なんでもないことなんだけどーー。  私は顔が熱くなるのを感じた。  チョコレートを一粒勝手に食べられたなんて別にどうだっていい。  例えば弘果が同じように食べてもなんにも思わない。  でも、なんか……。どうしてだろう、横田くんの一連の動作に、私はいちいちドキドキしていた。  クラスメイトとして見ていた横田くんのイメージは、真面目でちゃんとしていて、人のチョコレートなんて勝手に食べたりしなさそうで。  誰のものでも勝手に食べるような人に、同じことをされたら、多分私だってイライラする。  横田くんはきっと、そのイメージ通り、他のクラスメイトのものならあんな風に勝手に食べない。  でも今は、私のものを「ちょうだい」なんて言わずに、当然いいよね?って感じで食べた。  ということは、そこまで距離が縮まったんだってことなんだろうか?  ちょっと強引で、有無を言わせない感じが意外で。だけど、横田くんにそうされることには不快感がなかった。  こんなことでドキドキするなんて、私ちょっと変態なのかもしれない。   「なんか二人夫婦みたいかもー」  弘果がつぶやいた言葉に「えっ!?」と裏返った声が出た。弘果は私の目をじいっと見つめていて、思わず目をそらした。    弘果は多分、私の気持ちに気が付いている。ということは、この気持ちは隠しきれてもいないし、確実に私のなかに根付いてしまったものなんだ。    こんな宙ぶらりんなまま、いられない。それだけは、こんないいかげんな私にも分かっていた。
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