2,宝石はそこにない

9/12
前へ
/34ページ
次へ
 ホームルームのあと、横田くんに言われて体育館の横にある、自販機コーナーに移動した。  他のクラスよりホームルームが若干早く終わったからか、周りはまだ人がいない。二人切りになってしまいやけに緊張した。 「ここでなんか飲みながら話そ。負けたからおごるし」 「え、いいの?」 「ついでついで」  横田くんはコーラを買った。私はいちごミルクを買ってもらう。 「そんな甘ったるいのよく飲めるよな」  横田くんは笑った。 「いいじゃん。子どものころから好きなの」 「おこちゃまなんだ」 「コーラだって大人とは言えないと思うけど?」  軽口を言い合ったあと、横田くんがふっと遠くを見つめた。 「痛い思い出ってやつだけど……」 「うん」  どんな話だろう。自分から罰ゲームのことを言い出したことなのに、聞きたいような聞きたくないような変な気持ちだった。 「俺、中学のとき好きな人がいてさ」  ずきっと体のどこかが痛んだ。やっぱり、聞くんじゃなかった。  そんな気持ちとは裏腹に、相槌を打つ。 「部活の先輩だったんだよね。やっぱりダンス部で。二つ上の先輩で、あこがれもあったと思う。でも先輩は同じ部に彼氏がいたんだ」  ドッドッと血が逆流している感じがした。 「その彼氏も俺の先輩で、尊敬してた。だから、盗ろうとかそういうのは全然考えてなかった。だけど……」  横田くんはコーラをぐびっと飲んで苦そうな顔をした。 「好きだったその先輩、俺に告白してきたんだよね」 「え?」 「意味わかんないだろ? 彼氏も好きだけど、横田のことも気になる、好きかも、とか言われて……」 「好きかもだなんて……。そんなの横田くんはなにも言えなくない?」 「うん。で、俺なんにも言えなかった。本当は、好きって気持ちだけでも知ってほしかったけど、そこで俺がそんなこと言ったら、先輩たちの仲がこわれちゃうって思って」  横田くんは、はぁ、とため息をついて空を見上げた。 「なんにも言えなかったんだよな」 「……正しい反応じゃない?」 「だよな」  さみしそうに笑う横田くんを、抱きしめたかった。  でもそれだけはだめだと、自分をいさめる。私がそんなことをしたら、横田くんはきっと、幻滅する。横田くんはそういう人が一番嫌いなんだって、今まさに、分かったんだから。私はあくまでまだ、流の彼女だ。 「ねぇ、その先輩今はどこにいるの?」 「へ? 今はどこにって……今年から大学生」 「どこの大学!?」 「K大学だけど……?」  ここから駅で一駅のところにある私立大学だった。 「行こうよ、そこ」 「は? 何言ってんの」 「先輩に会いに行って、伝えようよ」 「好きってことを? なんで。もう好きでもないし、今さら……」 「今だから言えるんじゃない? あのとき、本当は横田くんだってその人のことを好きで、彼氏もどっちも好きかもなんて言われて傷ついたってこと、自分の気持ちを飲み込んだってことを、今なら言えるんじゃないかな? だってその人自分だけすっきりしてずるいじゃん」  いつの間にか身を乗り出していた。横田くんの肩にあたりそうになって、慌てて元の位置に戻った。 「ぷっ」  横田くんが吹き出した。 「な、なんで笑うの!?」 「いや、こんなに必死な真北はじめて見たなって思って」  くっくと笑いをこらえながら、横田くんは言った。 「いいよ、もう。俺の中では区切りはついているし。あの二人もうまく行ってるし。言うことなし!」 「それじゃ、横田くんの気持ちはどうなるの……?」 「今聞いてもらったからいい」  横田くんは立ち上がって、空になったペットボトルをゴミ箱に捨てた。 「今、真北が聞いてくれたからいいよ。ありがとな」  私の頭をぽんとたたいて、歩いていく。 「え、どこ行くの」 「悪い、もう練習はじまるから」 「あ、そうか」  私はどこかぽかんとして立ち上がれないでいた。 「真北、必死になってる顔も結構いいよ」  横田くんは振り返るとにやりと笑った。 「な、なんでそういうこと……」  残りは言葉にならなかった。そういうこと、言うから好きになっちゃうじゃん。  もう本当にだめだ。苦しかった。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加