2,宝石はそこにない

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2,宝石はそこにない

 がやがやとうるさい教室で、手元の紙きれと黒板の数字を見比べ小さくガッツポーズした。席替えのくじ引き、今回はいい場所が当たった。 「ノア、どこの席?」  加奈が聞いてきて、私は得意げに答えた。 「聞いてよ、私、一番後ろの窓側」 「めっちゃいいじゃん!変わってよ」 「えー」  笑いながら、机を動かす。 「あ、隣よろしく」  顔を上げると、横田くんが机をガタンと置いたところだった。  絶対変わらない……。今さら、加奈に心の中で答える。その後で、自分に舌打ちする。どうしてそんなこと、思うんだよ。 「真北さんって、弘果と友達だよね?」 「え? あ、うん」  クラスのほとんどの人が、ノア、とかノアちゃん、とか呼ぶ中で、真北という苗字をクラスメイトから呼ばれたのがなんだか新鮮だった。  でも少し残念な気もする。  そんな気持ちを押し隠して返事をする。 「弘果とは小学校から一緒。え、横田くん知り合い?」  弘果のことは、名前で呼ぶんだ……。そんな些細なことで胸がちくっとする。 「うん、ダンス部で一緒だから」 「あぁ、そっか」  幼なじみの弘果も、横田くんと同じダンス部だ。  そう、最初は親友である弘果が躍るのを見ていたはずなのに、いつの間にか横田くんが目に入るようになったんだった。    私の返事がそっけなかったからか、横田くんはもう会話を続ける気はなさそうで、机に教科書をしまっていた。  こんなぎこちない雰囲気で、この席でやっていけるんだろうか。 「体育祭……」 「え?」  自分でも整理がつかない内に、口が勝手に話していて、焦った。横田くんも怪訝な顔でこちらを見ていて、よけいに顔が熱くなる。 「た、体育祭の、演舞? だっけ。あれ、すごいね。楽しみ」 「あぁ、演舞ね!」  横田くんが笑顔になってくれて、ほっとする。 「本番楽しみにしててよ!」  きらきらだ。  瞬間見とれていて、頭をふった。  近くに寄ったら、これはきっと宝石でもなんでもない。ただの砂なんだ。  自分に言い聞かせて、私は席を立った。 「ノアめっちゃいい席」  立ち上がると同時に声をかけてきたのは流だった。 「あ、うん、いいでしょ」 「へぇ、横田が隣なんだ」  流は横田くんをちらっと見ると、私の肩をつかんで教室の出口に引っ張った。横田くんは何も言わなかった。 「え、どこ行くの? もうホームルームはじまるよ?」 「ホームルームさぼろー」 「ええっ! でも今日体育祭の確認が色々あるんじゃない?」  そう言いつつも、流と私はすでに廊下を歩いていた。 「ノアは真面目すぎだって。そんなに真面目にやってなんになるわけ?」 「なんになるって…」 「頑張りすぎるのって、なんか痛くない? ほら、横田みたいなダンス部とかさ、まじサムい」  私が黙っていると、流は顔をのぞき込んできた。 「え、なに、怒ったの?」 「……私の友達もダンス部なんだけど」 「え、ああ! 弘果ちゃんね、隣のクラスの。わりぃわりぃ、ノアの友達否定したわけじゃないって!」  にやっと笑う流に嫌悪感が湧いて、なんだか無性にイライラした。でもわかっていた、本当は自分にイライラしているんだってこと。  誰がどんな価値観を持っていても、その人の勝手だと思う。直接押し付けることがなければ。  私は、自分の価値観が流と違うって分かっていながら、その方が周りに受け入れられるからって、自分を黙らせて流と一緒にいる。それがイライラする。  自分を守ることに必死で、価値観を無理やりねじ曲げて、それだけでなく曲げ切らずに、流を悪者にして見下そうとしている。  そういう自分が大嫌いで、吐き気がした。  
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