烏田さんは激しいのが好き

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「烏田、昇進おめでとう」  席に戻るなり、阿部がデスクチェアを滑らせて話しかけてきた。椅子に腰を下ろすか下ろさないかの中途半端な姿勢のまま、烏田は「え?」と口を開く。 「来月から課長補佐だろ? やったな」 「ああ……なんだ、もう知ってるのか」  夏のボーナスが支給されるこの時期、昇進や昇給の噂が飛び交いやすい。烏田の昇進もまだ内定段階だが、どこから漏れたのか。 「さっすが烏田君、同期の星。課長と何回ヤったの?」 「馬鹿、ここでそういうことを言うなよ」  軽く小突くと、阿部はケラケラと下品に笑った。まったく、嫌な奴だ。  烏田は身長168センチと小柄で色が白く、儚げな容貌はしばしば女性的だと評される。それは自分でも理解していて、品のない嫌みや冗談には慣れていた。こういう無能なやっかみ野郎は適当にあしらうに限る。 「昇進祝いにおごってやるよ。この後どう?」 「悪い、今日は都合が悪い」  烏田が申し訳なさそうに肩をすくめると「お前ってほんと付き合い悪いよなー」と阿部は唇を尖らせる。    ――お前なんかと飲みに行くわけないだろ。今日はお楽しみがあるんだからな。 「あの、」  大きな影が、ぬっと烏田のデスクにかかった。振り返ると、鳩山が立っていた。  身長180センチの巨躯は、いつ見ても圧巻だ。学生時代はバスケに励んでいたらしく、スーツの上からでも胸板や腕の厚みが分かる。彼は今年で入社三年目だが、凜々しい顔にはまだ初々しさが残っていた。 「言われていたリストです。チェックお願いします……」  鳩山がおずおずと差し出した書類を受け取り、烏田はぱらぱらとめくった。うん、見やすいし、漏れなくまとまっている。 「うん、いいよ」 「はい……」  要件は終わったのに、鳩山は何か言いたげにもじもじしている。恥ずかしそうに伏せられた目が、臆病な子犬のようだ。  待っていても埒があかないので、烏田が先を促した。 「何?」 「えっと、……他に、お手伝いできることはありますか?」  鳩山と目が合った。しっとりと潤んで、汚れなんて何も知らなさそうな目。  その目にじっと見つめられていると――じわっと、何かがしみ出してきた。 「――ないよ、ありがとう」 「あ、……はい、失礼します」  烏田がリストを返すと、鳩山はぱっと目をそらした。なめらかな目尻の皮膚が、ほんのり赤らんでいる。 「……鳩山ってさ、残念な奴だよな」  立ち去る鳩山の後ろ姿を見送りながら、阿部が耳打ちしてきた。 彼の言わんとしていることは分かる。鳩山は真面目で仕事もできるし、体格に恵まれているが、自信のなさがそれらの美点を台無しにしていた。  いつも不安げに目元を伏せ、朴訥としたしゃべり方が頼りない。そんなところが「子犬みたいでかわいい」と女性社員にはウケているが、男性社員からはからかいの的になっていた。   「いい奴なんだけど、もう少しガツガツしたところがほしいよな」 「……十分、してると思うけど」  ぼそりと漏らしたつぶやきに、「え、何?」と阿部が聞き返す。烏田はそれを無視して仕事に戻った。      *****  馬鹿と煙は高いところが好き  とはよく言ったもので、頭の悪い成金はタワマンやらホテルの高層階やら、月やらにやたらと上りたがる。馬鹿だから高所は危険だと分からないのだろう。  そして逆に言えば、高いところが嫌いな人間は頭がいいはずだ。だから俺は頭がいい。  そんなことを思いながら、烏田は窓からやや離れたところから都市の夜景を眺めていた。ホテルの上層階にあるスイートはバスルームからリビング、そしてベッドルームまで窓がひと続きになっていて、どこからでも外の景色を楽しむことができる。そして烏田が安心できる空間は、どこにもなかった。  ピンポーン――  部屋のチャイムが鳴った。烏田はドアスコープから訪問者を確かめ、中に招き入れた。 「遅い!」  軽く一喝してやると、「すみません」と鳩山は頭を下げた。自身より背の低い烏田を上目遣いに見ながら、おどおどしている。 「何してた?」 「課長たちに飲みに誘われちゃって……」 「何だと? ったく、俺のちんぽを横取りしやがって」 「ちんぽって……」と呆れる鳩山の腰を引き寄せ、リビングへと押し込んだ。密着した身体から漂う、汗の匂い――ぞくぞくする。 「ホテルっていうからどんなのかと思ったけど……うわ、果物なんてある」  テーブルに盛られたウェルカムフルーツに、鳩山は目を見開いた。彼の長い指が、するすると飾りのリボンをほどいていく。 「わざわざこんな部屋にしなくてもよかったのに」 「何だよ、一度でかいベッドでやってみたいって言ったのはお前だろ?」 「そうですけど……」 「ボーナス出たし、俺の昇進祝いなんだからいいだろ。ほら、」  鳩山の首に腕を絡ませ、口をキスで塞いだ。舌先で歯列を無理矢理割って、引っ込み思案な舌を誘い出す。付き合いで飲んできたのか、かすかにアルコールの匂いがした。  鳩山とこういう関係になって、そろそろ半年になる。  半年ともなると色々とこなれてきて、最初はおぼつかなかったキスもそれ以外もだいぶ――いや、かなりよくなってきた。烏田が教え込んだとおり、器用に舌を絡めてくる。  軽く舌を噛んでやると、お返しとばかりに口腔をかき回された。彼は舌も大きく厚みがあって、中を弄られると気持ちがいい。こうして唾液を混ぜ合わせているだけで、頭が湯だってくるようだ。  貪るようにキスを交わしながら、ベッドルームへと移動した。分厚い胸を突き飛ばすと、ボスンッ! と鳩山の身体がシーツの海原に弾んだ。彼が望んだでかいベッドだ。好きなだけ暴れさせてやる。 「あの……」  覆い被さる烏田を見上げ、鳩山はおずおずと口を開いた。 「俺、シャワーまだなんですけど」 「後にしろ。もう待てない」  烏田は不敵に笑い、彼の腰にまたがった。烏田はすでに外もも洗い流していて、バスローブの下はノーパンだ。むき出しの尻をぐりぐり押し付けてやると、鳩山が苦しそうに顔を背けた。 「うぅ、……でも、汗臭いですよ」 「馬鹿だな、それがいいんだろ」  ねろ――性悪な蛇になりきって、首筋を舐め上げる。男臭い潮の味。ひくひくと震える喉仏が、なんとも美味そうだった。  邪魔なボタンを四つまで外して、汗ばんだ肌を味わった。首筋から鎖骨、分厚い胸板へ、唾液の道筋を残していく。彼の息が弾みを増し、鼓動が早まった。高まる欲望の気配に、烏田の下腹部も熱を帯びていった。  お行儀のいいセックスなんて退屈だ。いつも我慢している分、ベッドの上では自由でいたい。  昼間の烏田は品行方正で優秀な社員だ。物腰は柔らかく、上司や部下の評判は上々。  だがその実態は、セックスが大好きな淫乱だ。乱暴に尻を掘られることを好み、行きずりの男と交わるのもいとわない。  おまけに、今はこうして職場の部下をホテルに連れ込んでいるのだから、我ながら呆れてしまう。だがその分、興奮もひとしおだった。  薄皮を剥がすように、偽りの自分から本当の自分に戻っていく――その瞬間が、何よりの悦びだった。  烏田は身体をずらし、鳩山の足の間に陣取った。ベルトを外し、じりじりとファスナーを降ろしていく。  勃起した彼は、いつ見ても惚れ惚れする。充血したエラは大きく張り出し、太い幹に葉脈のような血管と筋が浮き上がっている。赤ん坊の腕ほどの太さと長大さは、外国人と比べても遜色がない。この手の中に彼の欲望と生命力がみなぎっているのだと思うと、直腸の奥がきゅんと疼いた。  まずはご挨拶だ。ぺろ、と舌先で亀頭を丸く撫でると、ぴくんと鳩山の腰が跳ねた。   「ん、ふっ、――烏田さん……」  烏田は大きく口を開き、蛇が卵を飲むように肉塊を収めた。と言っても、大きすぎて全部は入らない。圧倒的な質量に犯されている感じがして、ぞくぞくする。  根元をきつく握って、頬と唇を彼の形にきつくすぼめた。上顎のざらざらで先端を擦ったり、喉の奥に押しつけたりすると、彼の腹筋にぎゅっと力が入る。じゅわ、と滲む先走りの味が、烏田の舌を悦ばせた。  鳩山は先端を攻められるのが弱い。特に小さな口を舌先でチロチロとなぶってやると、簡単に音を上げる。この半年の間、烏田は彼の身体を隅々まで熟知していた。   「はあ、あ……っ、烏、田さん、出そう……」 「ああ、ああうあお(まだ、我慢しろ)」 「何言ってるか分かりません……」  烏田の口技に、鳩山の声が溶けていく。男を追い込むのは、狩りで獲物を追い込むようで楽しい。彼を解放するもしないも、俺次第。全能感は性的快感に転換されて、下腹部をざわめかせた。  そろそろいいかな――  手と口の中の熱塊は、十分育った。もうすっかりなじんだ熱と硬さなのに、中をかき回すところを想像すると唾液が溢れてくる。これもパブロフの犬というのだろうか? 今の烏田は生肉を前に、よだれを垂らす犬だった。  剛直をぬるりと吐き出し、身体を起こした。自ら育てた肉茎の上にまたがり、腰を沈めていく。 「んっ――」  待ちわびた瞬間だ。硬い切っ先が、ほころんだところを押し上げる。 「――だめです!」 「ぅわっ!」    がばっ、と鳩山が上体を起こし、烏田はよろめいた。後ろにひっくり返りそうになったが、彼の腕に引き寄せられる。 「っ、なんだよ!」 「駄目です、まだ早い」  さっきまで喘いでいたくせに、妙に真面目くさった顔で鳩山は言う。上気した頬が、艶やかに濡れていた。 「早いって……なんだよ?」 「まだ十分じゃないです」  鳩山は、きっぱりと言い切った。 ****** 「――ひ、あっ……ああ、ん、……んんっ」  抱きしめた枕のカバーに、唾液と喘ぎ声が染みこんでいく。ついでに、目尻から滲んだ涙も。  烏田は枕に顔を埋め、高く尻を突き出していた。バスローブの裾は背中の半ばまでまくり上げられ、ほとんど用をなしていない。色づいた声にあわせて、白い尻が揺らめいた。 「あ、鳩山……も、して」 「まだ駄目です」  鳩山がそう言うなり、とろっとしたものが尻の間に垂れてきた。その冷たさに、「ひうっ!」と全身が強ばる。さっきからローションを継ぎ足しすぎて、尻から膝までどろどろだ。その一部は、烏田の先走りだが。 「……鳩山」  突き出した尻越しに、鳩山を睨んだ。 「もう、いい加減挿れろよ……さっき自分で慣らしたんだって」 「そんなこと言って、この間切れてたじゃないですか」  相変わらず真面目くさった顔で鳩山は答える。どんな面倒な仕事でも丁寧にやれ、とは教えたが、仕事の姿勢をベッドにまで持ち込むな。今日はめちゃくちゃにしたい気分だったのに。  普段の彼は弱気だが、時々頑固なところがあった。烏田の尻の安全も、彼の譲れないところなのだろう。さっきから節の高い指を二本そろえて、肉輪の中をしつこくまさぐっている。彼の指が出入りするたび、ぐちぐちと卑猥な音が立った。 「もっと拡げないと、また病院行くことになりますよ」 「うるさいな、わかって――あんっ!」  ぐりゅっ、と指先が泣き所をえぐった。下を向いたペニスの先から、ぴゅっと半透明のしずくが散る。  この半年の間に相手の弱点を知り尽くしているのは、烏田だけじゃなかった。鳩山もまた簡単に烏田を悦ばせ、泣かせることもできる。しかも彼の方が若い分、覚えがいい。  長い指が折れ曲がり、くっくっと前立腺を押し上げる。そのたびの耐えがたい射精感がこみ上げて、ひくひくと陰茎が震えた。まるで下腹部に活火山を抱えて、いつ噴火するか分からないような状態。我慢しようとすると、きゅうっと尻に力が入って、さらに指を飲み込もうとしてしまう。 「あん、も――イく、……」 「イってもいいですよ」  鳩山は身を乗り出し、耳元にささやいた。心引かれる悪魔の誘惑。 「ん、やだ……」 「どうして?」 「まだ、イきたくない……」  射精するなら指じゃなくて、もっと太くて、たくましい物がいい。そのほうが、より深い絶頂を味わえる。 「鳩山のでイきたい……」 「ん……じゃあ、こうしましょうか」  鳩山は烏田の身体をひっくり返すと、濡れそぼった陰茎を掴んだ。そして根元に、何かを巻き付ける。 「あ――何?」  ぎょっとして股間を見下ろすと、根元に赤い紐が巻き付いていた。ウェルカムフルーツに飾り付けられていたリボンだ。 「やめろよ、こんなの……」 「いいじゃないですか、可愛い」  ぴん! と張り詰めた先端を指で弾かれ、烏田は「ひう!」と叫んでのけぞった。根元の戒めで射精は免れたが、これじゃ生殺しだ。イきたくない、などと駄々をこねるんじゃなかった。しかもやった当人は善意のつもりなのだから、始末が悪い。 「やだ、解けよ」 「駄目です。あともう少しだから……」  肉管の中に、再び二本の指が差し入れられる。それらはぐねぐねと不規則に蠢いて、肉輪を割り広げた。湧き上がる衝動は神経を遡り、出口を求めて下腹部に殺到する。でもそこは行き止まり。解放を得られなかった肉体は猛り狂い、烏田を苛んだ。  さっきまで狩人の気分だったのに、今は立場が逆転した。年下の男にいいように弄ばれて、悶え、喘いでいる。ぶるぶると内ももが震えて、全身に脂汗がにじんでいた。 「鳩山……」  烏田は鳩山の手首を掴んだ。   「お願い、もう、入れて……」 「でも……」 「頼むよ。お前だって、辛いだろ?」  見れば、彼のボクサーショーツの前はニスを塗ったように色が変わっていた。大きく盛り上がった陰茎の形が、いやらしい。 「ほら。もう十分だから……」 「……仕方ないですね」  不承不承、というふうに、鳩山はずるっと指を引き抜いた。手早くワイシャツを脱ぎ、スラックスごとショーツを引き下ろす。これでようやく、彼も裸だ。  色白でほっそりとした烏田と違って、彼の肉体はほどよく筋肉がつき、生命力がみなぎっていた。汗ばんだ肌はつややかな蜂蜜色で、肩から腕、胸から腹にかけて、芸術的な筋肉の陰影が浮かび上がっている。男なら誰もが羨む、極上の肉体。  やっと待ちわびたご馳走が出てきたのに、彼はこの期に及んで「ちょっと待って」と陰茎に伸びる烏田の手を制した。コンドームを装着する時間さえもどかしい。絶対生でやった方が気持ちがいいのに。  彼は烏田の足を押し開き、ぐっと両膝を押さえつけた。 「烏田さん、いいですね?」 「いい――あ、いや、まだ、」  リボンをほどいてない――そう訴える間もなく、熱の塊が烏田を貫いた。 「あぁ――ああああああんっ!」  ぐちゅん! と二人の肌の間で、ローションと先走りの混合液が弾けた。挿入の衝撃は一気に神経を焼き切り、はくはくと口が開閉する。宙を向いた爪先が、痙攣しながら丸まった。  今、軽くイった。   本当なら今ので吐精していたはずなのに、憎らしいリボンに邪魔されて叶わなかった。充血した先端はひくひくと苦しげに痙攣し、じゅわっと透明なしずくを滲ませる。リボンは先走りを吸ってくすんだ色に変わり、陰毛と絡んで肌に張り付いていた。 「こ、これ……」  あぐあぐ、と烏田はおぼつかない口で訴える。 「ほど、いてない」 「あ、そうだった」  リボンをほどかれると同時に、とぷっと力なく精液がこぼれた。平たい腹の上に、白い水たまりが広がっていく。  勢いに任せた射精と違って、爽快な開放感はない。甘く気だるい痺れがじわっと広がって、濃厚な蜜にどっぷり漬けられているようだった。  射精はしたが、ほとんどドライでイったようなものだ。ドライだと絶頂の余韻がだらだらと続き、皮膚の感覚が鋭敏になりすぎて辛い。しかも尻にはまだ元気な鳩山が嵌まっているのだと思うと、泣きそうだった。 「烏田さん、大丈夫ですか?」  鳩山が心配そうにのぞき込んでくる。赤らんだ目元をなぞる手つきが優しい。 「大、丈夫じゃ、ねぇよ……ばか」 「え、痛いですか?」  烏田の左足を持ち上げ、結合部をのぞき込もうとする鳩山。そっちの問題じゃない。 「切れてなさそうなんで、動きますね」 「いや、ちょっ――あぅっ!」  ずるずるぅ――長大な雄が引かれる感触に、ぞくぞくっと背筋が粟立った。  彼のピストンは間隔が長い。引くとゴリゴリと内壁を削られ、襞が追いすがって収縮する。そして押し込むときは一息で、ガツン! と重い衝撃が最奥にぶち当てられる。全部の内臓が上へと押し上げられ、重心がなくなるような、ふわっと浮き上がるような――ああ、まずい。 「ひっ! ああ、あ、あん、あぁ……――」  ばちゅ、ぱちゅ、ぐちっ――結合部で響き渡る、粘液と肌のぶつかる音。意味をなさない嬌声。  強い快感の波が、二重、三重に折り重なって、絶え間なく烏田を翻弄する。持ち上げられた両足は力なく空をかき、溺れる人が何かに縋るように、枕とシーツをひっかいた。腹にぐったりと張り付いたペニスは腰をぶつけられるたび、じわっじわっと半透明の涙を流した。 「あぐっ、はと、やまっ……つ、つよ、あっ、――」 「はあ、烏田、さん……中、きもちぃ」  鳩山は往復運動に熱中し、声が届いていない。彼の汗が、ぱらぱらと顔に降りかかってくる。  薄く目を開けると、鳩山と目が合った。彼の瞳は欲望でじっとりと濡れて、烏田の身体に酔いしれている。色濃い眉をきゅっと寄せ、苦しげに歯を食いしばる表情が、この上なく扇情的だった。  ああ、――この顔が、一番いい。  今まで付き合ってきた男たちの表情に、烏田は何がしかの感情を抱いたことはなかった。身体の相性はいいか、好みの体格か、ちんぽは大きいか――烏田が男に求めるのは、それだけ。  けれど、鳩山のこの表情は、もっと見たいと思う。己の身体に夢中になって、がむしゃらに腰を振る顔。たまらない。  こいつのこんな顔を知っているのは俺だけだ。自分の薄皮を剥がして本性を露わにするように、こいつの皮も剥がしてやりたい。 「――んんっ、」  烏田は男の頭を引き寄せて、吸い付くようにキスをした。唾液も汗も、蜜のように甘い。与えられた舌を口内でとらえて、ちゅうちゅうと夢中になってすすった。 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎  四度目の吐精を受け止めたとき、すでに日付が変わっていた。気だるい空気が寝室に充満し、しっとりとした肌に薄闇が張り付いている。 「んっ――はあ、」  ぶるっ、と一度胴震いし、鳩山がのしかかってきた。震える手足で踏ん張っていた烏田もろともシーツの上に崩れ落ちる。重くて窒息しそうだったが、その分充足感も大きかった。  受け止める、と言ったものの、実際に精液を受け止めたのはコンドームだ。薄いポリウレタンに包まれた肉塊が、ずるずると引き出されていく。肉と肉が生み出す摩擦に、ぴくんっと烏田は震えた。 「ちょーだい」  振り向きざま、烏田は手を差し出した。使いたてのゴムはほかほかとしていて、中と外の粘液で濡れそぼっている。それをぷらぷらと揺らして、烏田は意地悪く笑った。 「おーおー、またたっぷり出して」 「やめてくださいよ、もう……」  決まり悪そうな鳩山を尻目に、きゅっとコンドームの口を縛り、サイドテーブルに乗せた。行儀良く並んだ四つのコンドームは、まるで勲章のようだ。  鳩山は持続力もあるし、復活も早い。その旺盛な性欲に、いつも圧倒される。  一晩で四回も出来たらもう十分。投げ出した下肢はどろどろに汚れて、ぽっかりと開いた後孔は感覚がなかった。そろそろ事後の余韻を味わいたい。  そう思ったのも束の間――たくましい腕に、ぎゅっと捕らえられた。 「烏田さん、もっかいしたいです……」  烏田のうなじに顔を埋め、もごもごと鳩山は言う。すでに硬くなりはじめていた彼の雄が、待ちきれないと腰をつついた。 「もう一回?」 「うん。あともう一回だけ」  仔犬がおねだりするように、首筋に鼻を擦りつきられた。むずむずとした感触に、思わず笑声が漏れる。  鳩山のもう一回は信用できない。一回が四回、五回になるのだから。  基本的には烏田の気分や体調を尊重してくれるが、スイッチが入ると際限がなくなる。身体の隅々まで貪られ、最後は烏田が音を上げるまで追い込まれるのが常だった。 「俺もだけど、お前もそうとう好きだよな」 「……だって烏田さんの中、きゅうきゅうして気持ちいいんですもん」  ですもんって。でかい図体のくせに、なんて可愛いこと言うんだろう。きゅん、とまた奥が疼いた。  そんな訳で五回戦目。ヘッドボードを背に座った鳩山に促され、彼の腰をまたいだ。ちゅっちゅと浅いキスを繰り返しつつ、烏田は雄を扱き立て、鳩山がコンドームを被せていく。我ながら見事な連携プレーだ。 「んぁ――」  掴まれた腰を降ろされ、ゆっくりと串刺しにされていく。一息に貫かれるのもいいが、じわじわと埋められるのも堪らない。彼の熱と凶暴な形がダイレクトに伝わってくる。 「はぁ……烏田さんの、ここ、俺の美味しそうに食べてる……」  鳩山の指が、伸びきった襞の縁をなぞる。その刺激で、きゅきゅっと肉襞が収縮した。  シーツについた膝を屈伸させ、浅いところで鳩山を味わった。張り出した雁首で、ぷりぷりと肉輪を弾くと気持ちがいい。烏田はだらしなく唇を開いたまま、その行為に没頭した。  「烏田さん、気持ちいい?」 「ん……いい」  烏田は濡れた髪を振り乱し、こくこくと頷いた。 「これは? 気持ちいい?」  鳩山の指が、くりくりと両胸の突起を弾いた。さっきから散々いじられた乳首は赤く充血し、禁断の実のように男を誘っている。引っ張られたり押しつぶされたりすると、連鎖反応のように腰の奥がざわめいた。 「いい、……ん、すごく」 「烏田さんが気持ちいいと、俺も気持ちいいです」  薄く目を開けると、へにゃっと笑う鳩山とまともに目が合った。つきん……胸の最奥が、小さく疼く。  ああ、こいつ――そんな健気なことを言われると、いたたまれない気持ちになる。身体はでかいし、貪るようなセックスをするくせに、根っこのところは純粋なのだ。性感とはまた違った意味で、身体がむずむずした。 「うぎゅっ!」  鳩山の鼻を摘まむと、おもちゃのような声が出た。 「な、なんですか?」 「別に」  ややこしいことは考えたくない。ぽかんとする鳩山にキスをして、また腰を振ることに専念した。  しばし舌を絡めたり互いの身体を愛撫したりして、甘ったるい時間を過ごした。ちゅぷちゅぷと二つの結合部で水音がして、絶えず身体が揺れている。薄暗い部屋と相まって、温かな水底を揺蕩っているようだった。気持ちいい。このまま身体の輪郭が溶けて、ふたりで漂い続けられたらいいのに。 「あ、……烏田さん」  キスの切れ間に、鳩山が言った。 「もう朝ですよ」 「ん……」  窓の外が薄明るい。夜の帷を脱いだビル群は、どこか陳腐で、色あせて見える。空には雲の陰すらなく、今日も暑くなりそうな気配がした。淫靡で奔放な夜の世界が、朝に侵されつつあった。  昼間の烏田に戻る時間だ。うんざりする。鳩山の肩にくたりと頭を預け、溜息をついた。 「夏の朝焼けって綺麗ですよね、烏田さん」 「そうか?」 「ええ。俺は好きです」  頭をちょっともたげて、鳩山を見る。ほんのり朝日に照らされた彼の横顔は、目鼻の陰影がよりくっきりして、精悍に見えた。思わず溜息が出そうになる。 「せっかくだし、もっと近くで見ましょうよ」 「え?」  それってどういう――問いかける間もなく、鳩山は烏田を抱えたままベッドの端に移動し――そのまま立ち上がった。 「ひっ、――ああ!」  立ち上がった弾みに、ぐちゅん! と剛直が突き刺さった。全体重が結合部にかかり、ぐりゅりゅ、と泣きどころをえぐられる。烏田はなすすべなく艶声をあげ、彼の首筋にしがみついた。 「は、と山、ちょっ、……待っ――」  必死の訴えも虚しく、鳩山は烏田を串刺しにしたまま窓辺へと歩いていく。一歩、二歩と大股で歩くたびに突き上げられ、暴力的な快感が烏田を襲った。  こんな体勢で交わるのは初めてだ。小柄とは言え、男である烏田を悠々と支える鳩山の筋力に、改めて驚かされる。しっとりと湿った上腕の隆起が、なんとも逞しい。 「あ、やだ、……も、戻って」 「どうして? いい眺めですよ」  ぴた、と冷たい感触が背中に押し当てられた。はっとして見れば、自分の尻の下に、はるかかなたの地上が広がっている。足が床についていないせいか、宙ぶらりんにつるされているような錯覚に陥った。  た、高い――ぞわぁ、と全身の毛が逆立った。 「――――ひゃうっ!」  ふいの突き上げに、恥ずかしい声が飛び出した。背後の窓ガラスに押しつけられながら、ずん、ずん、と小刻みに揺すられる。  まさかここで? 鳩山は烏田の腰をがっちりと固定し、突き上げる体勢に入っていた。ばちゅ、ぱちゅ、ぱちゅん――朝の静謐に響く、淫猥な破裂音。高所への恐怖はそのまま内側に直結し、ぎちぎちに詰まった男根を食いしめた。 「……あぅ、あ、……っ、――や、やだ、落、ちる……っ!」 「大丈夫、ちゃんと、支えてます、から……」  鳩山はなだめるように囁き、烏田の尻をぎゅっと掴んだ。違う、そういうことを怖がっているんじゃない――文句を言ってやりたいが、烏田にできることは彼の腰に両足を絡め、必死にしがみつくことだけだった。  しだいに強まる朝日を浴びながら、烏田は激しい快楽に飲み込まれていった。心臓が早鐘のように打ち、力なく開いた口から嬌声と唾液が溢れていく。勃起したペニスが二人の間で押しつぶされ、腹筋に擦れて気持ちいい。だが、背後に地面がないのだと思うと、尾てい骨から恐怖が這い上がってきた。  怖い、でも気持ちいい――二つの相反する感覚に飲み込まれていく。 「あ、やっ、やだ、あぁ、――――……は、とやま、も、……イ、イく、……イっちゃうぅ!」 「俺も、もう……」  鳩山は荒々しく唸ると、ラストスパートをかけた。荒々しく腰を突き上げ、烏田の屹立を掴んで扱いていく。ぐずぐずに溶けた中と敏感な亀頭を同時に攻められ、暴力的な射精感が烏田に襲いかかった。身体の底が、ふわっと浮き上がっていく―― 「あぁ、だめっ、もう――――つっ! イく! ……っ!」 「くっ……!」  鳩山はぐっと腰を押しつけ、のけぞる烏田をきつく抱きしめた。薄いゴム越しに射精する彼を、肉筒がきゅうっと引き絞った。  強烈だった。電流のような快感が全身を駆け巡り、がくがくと腰が震え、宙をひっかいていた足先がぎゅっと縮こまった。それと同時に下腹部で熱が弾け、二人の腹を濡らしていく。ぱくぱくと口を開閉する烏田の目が、ぐるっと反転した。  あ、だめ――……  快感と高所への恐怖が、限界を超えた。 「……烏田さん? あれ、烏田さん?」  鳩山はぐったりともたれかかる烏田を揺すぶった。だが、烏田の意識はとっくに途切れていた。 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ 「……すみませんでした」  くしゃくしゃに乱れたベッドの上で、鳩山は土下座した。その目の前では、胡座をかいた烏田がむすっとしている。  あれから三十分後、烏田は目を覚ました。今は二人とも体中の汗と精液を洗い流し、さっぱりとしてバスローブに身を包んでいる。  とはいえ、烏田は腰が抜けて歩くことができず――身体は鳩山に洗ってもらった――もう一泊滞在することになった。ボーナスが出たとはいえ、思わぬ出費だ。 「烏田さんが高所恐怖症だなんて知らなかったんです」 「俺は嫌だって言ったよな?」 「……でも、いい時でも『いや』て言うし」  じろっと睨むと、鳩山はしゅんとうなだれた。彼が犬だったなら、尻尾を丸めて縮こまったことだろう。さっきまで烏田の尻をガンガン掘っていた威勢は、どこへ行ったのか。 「お前ってさ、」  はあ、と烏田は溜息をついた。 「職場じゃ気が小さいのに、セックスだとガツガツしてるよな」 「……そういう烏田さんは、エロすぎると思います」  鳩山はそう言って、不満げに唇を尖らせた。かわいい。説教中なのに、またきゅんと胸が高鳴った。  彼も自分も、本当の姿を知っているのはお互いだけ。少し窮屈で、退屈な日常を送っている。  けれど、二人でいれば――元の自分に戻る時間が、何倍も楽しい。 「……まあいいや」  おいで、と手招きすると、鳩山はおずおずと這い寄ってきた。両手を広げて、大きな身体を抱きしめる。なじんだ体温と、肌の匂い。深いよろこびが、胸に押し寄せてくる。 「……まだ怒ってます?」 「ん? 全然」  そう言って、ちゅっと彼の頬にキスをした。最初から怒ってなんかいない。ちょっとからかっただけだ。   「少し寝ようぜ。疲れた」 「……ええ」  彼の腕に抱き寄せられ、烏田は目を閉じた。偽物の自分になる前に、幸せな眠りを味わうとしよう。          
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