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それ以来、一郎は変わった。
前のように投げやりな発言をしなくなった。
それだけではなく、リハビリにも積極的に取り組むようになった。
これは、湊人に感化されたのがきっかけだ。
彼は、余命半年と宣告されたのにも関わらず、生を全く諦めていなかった。
それどころか、この先もずっと、生き抜く事を前提に動いていた。
ふらつきながらも、数十メートルほど、毎日必死で歩行訓練を行っていた。
そんな彼を見て、一郎は今までの考えを改めたのだった。
そして、気がつけば三ヶ月の時が経ち、一郎は、退院前日を迎えた。
「…明日、退院することになった。」
一郎は、初めて会った時よりも、心なしか痩せ細った少年に呼びかける。
彼は、勉強をしていたが、その手を止めて一郎の方を向く。
「そっか。おめでとう。…寂しくなるね。」
「大丈夫。退院したってお見舞いに行くから。…ところで、何の勉強をしてるの?」
「高校二年生の内容を少し…ね。来年はどんな内容の勉強をするのか、知りたくなったんだよ。」
「そう…。邪魔したね。…じゃあ、お休み。」
一郎はカーテンを閉めようとしたが、湊人に止められた。
「一郎君、待って。」
「何?」
「見つけたんだ。…君の生きる目的。」
「…え?」
湊人は一郎の目をしっかり見ながら、一言一言、心を込めて話し出した。
「君はね。幸せになるために生きるんだ。この世の中には、大きな幸せから、ささやかな幸せまで、数多くの幸せが散らばっている。それを一つ一つ、噛みしめて生きてほしいな。あと、僕の分まで一生懸命生き抜いて、天寿を全うするんだよ。天国に行ったら、僕にお土産話を沢山話してね。」
しばらくポカンとしていた一郎だったが、やがて顔色を変えた。
「ちょっと待て。俺の事は一旦置いといて。まるで、君がもう死んでしまうかのような物言いじゃないか。君、生きるんじゃなかったの?」
湊人はそんな彼を見つめながら微笑んだ。
「勘違いしないで。僕は生きるよ。余命宣告なんかに負けやしない。…でもね、万が一って事があるでしょ?神様は時に残酷だから、嫌がる僕を、無理やり連れて行ってしまうかもしれない。だから…。」
一郎はしばらく考え込んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「分かった。俺、絶対に幸せになる。」
「うん。必ずだよ。」
「おいおい、君もだぞ。…お互い、幸せになろう。」
「…そうだね。ありがとう。君に出会えてよかった。」
湊人は右手を差し出した。
そして、今度はためらわずに、一郎は、その手を優しく握った。
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