37人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの時もこんな風だったんだろ」
杏介が言ってきた。聞こえなくなっていた点けっぱなしのテレビの音と雨の音が少しだけ存在感を取り戻した。
「えっ?」
あの時、というのが何を指しているのか、一瞬考えて思いつく。
付き合っていた時に、俺が彼以外の相手と寝た時のことを言っているのだ。
「……それは謝ったでしょ、何で蒸し返すの」
途端に怒られた気分になってしまう。うっとりしていたのも台無しになる。
「ちょっと迫られたら弱いもんな。変わってなさすぎ……」
「い、今は杏介と付き合ってないから関係ない、だろ!」
体を起こし、強めに言い返す。この状況で杏介に言われる筋合いはないと、心の底から思う。
自分が馬鹿だった時のことは、誰しも思い出したくないものだ。そのせいで大切な人を傷付けてしまったり、関係を壊してしまったりしたなら尚さら。
あれは付き合い始めて間もない頃だった。
今なら杏介の言うことも理解できるのだが、当初は、何を怒られているのか分からなかった。
自分と寝たいと思ってくれる人が居て、それが例えば俺から見ても魅力的な体つきをした男の人で、そんな相手と寝て何がいけないのか。もちろん合意の上だし、何かが減るもんじゃないし、誰かに迷惑がかかるわけでもない。
それに、断ってしまう事で相手のプライドを傷付けたくなかったし、嫌われたくなかった。俺には俺なりの理由があった。
最初のコメントを投稿しよう!