雨が止むまで

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俺の家に来ていた杏介にそう伝えた途端に、手が飛んできた。最初に食らったのは平手打ちだ。耳が詰まったようになって、内側で耳鳴りがした。 「桃哉って、クズだったんだな」 そう言った杏介の綺麗な目の雰囲気が、いつもと変わったのが分かった。痛みよりもその恐怖があった。 「それを浮気って言うんだよ!」 服を掴んで立たされ、後ろに叩き付けられた。驚いたのと背中への衝撃に、息ができなくなった。そこにあったのはベランダに出るガラス扉で、針金入りのガラスが震えていた。 胸倉をねじ上げられたまま距離を詰められて、今度は鳩尾に膝を入れられた。呼吸が止まった。視界の端がチカチカした。扉の鍵が背中にくい込んで痛かった。 そんな露骨な暴力を受けたのは学生時代以来で、元々他人との争いを避けて生きてきた俺は、なす(すべ)もなく殴られていた。 社会人になったばかりの、少し前まで大学生だった彼にとっては、珍しい事ではないのかも知れない。そう思っていた。 初めてインターネットを介して知り合った相手で、杏介がどんな感覚を持っているか、俺は把握し切れていなかった。浮気の基準も、男同士で付き合う事に対しての理解度みたいなものも、かなり違っていたのだ。 それ以来、時々殴られるようになった。眼鏡を外すようになったのはその時の癖だ。二年経った今でも反射的にそうしていた。 誰にでも良い顔をしようとしているのがムカつく、付き合っている意味が分からないと言って、顔や腹を殴られたり、背中やわき腹を蹴られたりもした。
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