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少し前、いや、本当はかなり前。彼女は病気で手術をした。それでしばらく、そういうことができなかった。だから、久しぶりにそういうことをしようというコトに至った時、それが彼女にとってどれほど重要で勇気の要る行為だったのか。知ったのは彼女が泣き出した後だった。
彼女が流したのは涙だけではなく、一緒に血も流れた。手術してから初めてだから、もしかしてそういうこともあるかもしれないと医者に言われたと、事前に彼女は話してくれていた。それなのに、いざ起こってしまうとこれがなかなか。驚いたし何よりも焦った。
そんな情けない男を前に、先に言葉を発したのは彼女の方だった。
『どうしよう……』
震えていたように思う。そして泣いていた。
『今日はもう、できそうにないみたい』
顔を上げた彼女は唇に微笑みをたたえていた。そして、
『ごめんね。』
その時の衝撃を、なんと言えば伝わるだろうか。
彼女はひとりで戦っていた。抱えていた。手術の後、初めて男を受け入れることへの不安も恐怖も孤独さえも。彼女はずっとひとりで立ち向かっていたのだ。
何より驚いたのは、こんな時でさえ、彼女は自分のことよりも俺のことを考えてくれたということだ。本当は泣きたかったに違いない。ごちゃまぜの感情を手放して狂ったように泣き叫びたかっただろう。なのに彼女は俺に笑いかけてくれた。
それとも、自分のことを後回しにしてしまうほど、この時情けない顔をしていたのだろうか、俺は。ああ、それは否定できないな。
泣きながら笑おうと抗う彼女に、初めて「強さ」と「弱さ」という言葉に何の隔たりもないことを理解したあの夜。
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