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「さっき昔は貧弱や言うたやろ。そやさかい群れから離れて幼鳥の頃はずっと人と居たさかい、わしも人や思うとってん。子供は親の真似をするやろ?俺も佐藤の親父の真似して喋っとったら自然と覚えてん」
「普通はそれだけで、そんな流暢に喋れるようにならないよ……」
何でもない事の様にいうのに僕は脱力してしまった。ケンはかなりの天才ペンギンのようだ。本人(本ペン?)は自覚がないのか小首を傾げている。
「佐藤さんもケンが喋れる事、知ってるの?」
ケンは首を横に振り否定した。
「佐藤の親父に昔『いつもおおき』にっていったらびっくりしすぎて気絶してもうてん。起きたら夢や思うとったさかい、それからは佐藤の親父の前では喋ってへんのや」
おそらくケンが言葉を覚えたのは佐藤さんと喋りたかったからだろう。でも、佐藤さんのことを想い隠していた。心なしか肩を落として見えるケンに慌てて話題を変えることにした。
「関西弁なのは佐藤さんの影響?」
「せや」
これではあまり変わっていないと頭を捻り、次に思いついた事を訊ねた。
「それでケンはこれからどこへ行くの?」
「北海道や!」
「ここからだと何百キロも離れてるよ!一体何しに行くの!?」
「美味しいスルメを探しに行くんや」
そう言うケンの目は輝いている。心なしか嘴からヨダレの幻覚が見えるようだ。楽しそうなケンにホッとした。しかしスルメの為に家出とは……
心配しているだろう佐藤さんが可哀想になってきた。僕の視線をどう解釈したのかケンが笑いながら言った。
「心配あらへん。俺達ペンギンは繁殖期は60日絶食しても生きてるんや。10日や20日食べてへんくらい平気や。もう潮の匂いもして来てるさかいもう一息やろ」
海に出れば食べ物もあるしあっという間だというケンに無駄だと思いながらももう一度説得を試みることにした。
「道中で怪我をしたり、もしかしたら死んじゃうかもしれないよ。スルメが食べたいだけなら僕が差し入れてあげるから」
「それだらあかん。俺ももう2才や、成鳥としてなんかを成し遂げたいねん」
「君は立派な大人に見えるけど」
「わしの力で生まれてこられへんかった俺は他の兄弟のような自信が持たれへんのや。そやさかい自力で成し遂げたて自信を持ちたいねん。それで一人旅を思い付いたんだが、大変なことだけやと挫けるかもわからへんさかい途中にご褒美を入れてん」
ケンも小さな体の中にも劣等感のようなものが渦巻いていると思うと不思議な気分になった。
「ケンも悩んだりしたんだね」
「なんや?ペンギンが悩んだらあかんのか?」
「そうじゃないよ……僕もちょっと人と比べて落ち込んでた所だったから、親近感?みたいな」
「君も何くよくよ悩んでるのか知らへんけど、一度っきりの人生や!やりたい事やったらええねん。俺みたいに途轍もあらへん野望じゃ無かったら、失敗してもやり直しがきくやろ」
そう言って立ち上がったケンは立ち去ろうとした。
「待って」
「止めても無駄や」
「もう止めないよ。これ餞別」
僕はレジ袋から先程つまみにと買っていたイカを取り出した。それに目を輝かせたケンは「おおきに」と言って嬉しそうに頬張った。
食べ終えたケンは今度こそ本当に夜の闇の中に消えていった。
その姿を見送る中で僕の中にある衝動が生まれた。それを形にする為、急いでアパートへと戻るのだった。
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