一番近くて遠い恋

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ヒュー、と笛のような音に皆一斉に顔を上げる。 どん、というお腹の底に響くような音の後、ぱっと辺りが明るくなった。 ぱらぱらぱら、と音を立てて夜空に咲く大輪の花が散っていく。 人の波に乗って歩いているうちに花火が始まる時間になったようだ。 「おぉ、すげぇ綺麗」 花火を見ながら涼は感嘆の声をあげる。 「すごーい!きれい!花火見たの何年振りだろ!2年振り?3年振り?きれい!」 そう言いながら飛び跳ねてはしゃぐユリを、涼が愛おしそうに見つめる。 花火を見るふりをして、そんな彼から目を逸らした。 どん、どん、と立て続けに音を立てて花火が上がる。 赤や黄色や青、緑に紫に白。 花火の色が変わるたび、人々の顔も同じ色で照らされる。 ユリは背伸びして一生懸命花火の写真を撮ろうとしている。 「貸して、撮るよ」と背の高い涼がユリに手を差し出す。 私は切れそうなほど唇を噛み締めた。そうでもしないと叫び出しそうだったから。 花火の音に紛れ、「あれ、マル?」という聞き覚えのある声に振り向くと、サークルの先輩達が数メートル離れたところに数人立っていた。 前にユリと仲良さげに話していた男子もいる。 「先輩方も来てたんですね」と人混みを分けつつ合流する。 「ユリと涼も来てたんだな、2人とも浴衣だから気づかなかった。マルはいつもと同じ格好だからすぐわかったけど」 そうですね、と笑うが、劣等感でその場から消えたくなる。やっぱり浴衣を着て来ればよかった。 「ユリ、可愛いじゃん」と、以前ユリと親しげに話していた男子がユリに言う。 「えへへ…ありがとうございます」 ユリは頬を朱に染めて恥ずかしそうに返す。 そのまま2人で話しながら歩き始めたので、私は涼と2人並んで歩く。 「先越された、俺まだ可愛いって言えてないのに」 そう言う彼の声は、花火の音と歓声にかき消され、私の耳にしか届いていなかっただろう。 「涼、いつ告白するの?」 私は彼の耳に口を寄せて言う。 「…わかんない、花火見ながらって思ってたけど」 彼の目は前を歩く2人をじっと見つめていた。 「ユリ、あの先輩のこと好きだよな」 ぽつりと彼は言う。 先輩と2人で話しているユリはこちらの方を見ることもない。先輩の方もこちらのことなど忘れたように見向きもしない。 「…そんなこと」と否定しようとしたが、ちょうど大輪の花火の音にかき消される。 花火を指差し笑うユリ。笑いかける先輩。 まるで初めてユリを見た時の涼のように、ユリの目はきらきらと輝いている。 顔を近づけないと声が聞こえないのか、ユリが先輩へ顔を近づけて話しかける。 瞬間、ぐいっと手を掴まれた。掴まれた手が熱くなる。 そのまま人の流れと反対方向に涼は私の手を握ったまま歩き出す。 「ちょ、涼!?」 困惑して声を上げるが、涼は止まることなく人を分けて進む。おい、邪魔だよという声が人混みから上がる。すみませんと頭を下げ、 「待ってよ!」 と涼に言いつつ後ろを振り向いてユリの方を確認するが、ユリも先輩も、他の先輩たちも私と涼が離れて行っていることに気づく気配はない。 俯き加減に人をかき分け、早足で涼は進む。 彼の短い髪に花火の光が反射して、遠ざかっていく。 きっと何を言っても聞こえていない。花火の音すら、人の歓声すら今の彼には聞こえていない。 私は黙って手を引かれるがままについて行った。
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