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4.憑魔
──サランサガ達"笑う聖職者"の正体も人間ではない。いや、正確には半分だけ人間だ。相手と同じ。
彼女達は魔族。かつて考え方の違いから、本来は同族である神々と対立し、高位精神生命体の暮らす精神世界の最下層まで追いやられた者達。その際、能力を大幅に制限される枷を嵌められてしまった。それがこの白銀の鎖。見た目通りの物質ではなく膨大な霊力と術式で編み上げられた拘束具だ。だから物質界の生物には触れることができない。
そして、この体は元・供物病患者の肉体。神に寄生され、操り人形と化し、自分自身と周囲の人間を不幸に陥れた者達。その咎に心が耐え切れず壊れてしまった空っぽの器。それを使わせてもらっている。
だが宿主の魂は壊れてしまっただけで無くなったわけではない。今もこの肉体の中でサランサガと同居しており、空中の男のような存在を目の当たりにすると強く訴えかけて来る。
お願い、倒して。
あの人を救ってと。
悲しい感情だ。辛くてやるせない感情だ。だからサランサガは戦う。彼女にとってそれは、大嫌いな"味"だから。
魔族もやはり感情を喰らう。けれど、それは"正の感情"──楽しい、嬉しい、愛しい。そんな感情でなければ、自分達の舌は受け付けない。
だから、
「泣くなイリュイナ! 必ず助けてやっから、だから笑え!」
自分の中に残った宿主の魂に訴えかける。
その訴えに呼応するかのように口角が上がる。肉体が勝手に笑みを形作る。そうだ、それでいい。自分達は"笑う聖職者"なのだ。ピンチならばこそ、よりいっそう愉快に笑え。
それが自分の力になる!
信じると、イリュイナの魂が言った。
「おうよ!」
幾度目かの攻撃を弾いた直後、僅かな隙をついたサランサガは鎖の先端を空中の男に向けて投げ放つ。男は驚きながらも彼女の背後の石像に向かって再び霊力弾を射出した。だが、鎖を巻き付け、相手ではなく己の身を空中に躍らせたサランサガの左手がそのエネルギー塊を受け止める。
爆発が起こり、白煙が上がった。
「素手で!?」
左腕は歪に変形し、明後日の方向に曲がっている。千切れなかったのが奇跡だろう。衝撃で再び地面に叩き付けられた彼女は、それでも怯まず、もう一度鎖を引く。歯を食い縛り、笑いながら空中の敵に立ち向かって行く。
「キサマ、痛みを感じないのか!?」
「んなわけねェだろっ!」
焦った相手が次弾を放つ前に彼女は眼前まで肉薄していた。弾丸のように空中高く跳び上がったその勢いのまま腹に一発、強烈な蹴りを叩き込む。
「ぐほっ!?」
「もういっちょオ!」
長く伸びた鎖を巻き取る。この鎖は彼女の意志に従って精神世界と物質界の間を行き来する。傍目には鎖の長さが勝手に変化しているように見えるだろう。
ピンと張ったそれが吹っ飛んだ男を再び眼前へ引き戻した。その顔面に鎖を巻き付けた右拳を見舞おうとして、しかし手首を掴まれてしまう。
「調子に、乗るな……! 魔族ごときが!」
「ウッ!?」
直接触れられた箇所から肉体の石化が始まる。保護魔術を強引に突破されたようだ。このままではイリュイナの肉体が石になってしまう。今度はサランサガが焦る番だった。
すると──
「だらしないね」
「ッ!?」
別の方向から別の鎖が飛んで来て男に巻き付く。
「笑いな、サランサガ」
さらにもう一本、二本、三本と次々に数を増やして男を四方八方からがんじ絡めに拘束する。
周囲の建物の上に、いつの間にかサランサガと同じ服を着た修道女達が現れていた。
「テメェら……」
同じ教区のシスター達もいるが、他の教区の"笑う聖職者"はさらにその数倍集まっている。この街の同業者が大集合だ。
「今回ばかりは私らも加勢させてもらうよ。Aクラス相手なら、そうするしかないだろう」
「ふん……クズどもが、ぞろぞろ集まって来たか」
男は余裕の態度を取り戻し、全身に力を込めた。巻き付いた鎖は彼等神々でも絶対に破壊不可能な代物。しかし暴力的な圧によって強引に押し退けられ、拘束が緩んでいく。白銀の鎖には力を奪う効果があるはずなのに、それすらも意に介していない。
その姿を見て最年長の──ただし、見かけは若い──シスターが指示を出した。
「弱い奴は近付きすぎると石になるぞ! 四位以下の者達は距離を取りつつ市民を守れ! 三位以上は総攻撃! あいつを倒せば石化も解けるはずだ! 我等の大事な"食糧"を助けるぞ!」
「了解!」
次の瞬間、緩んだ拘束を脱してさらに空中高く駆け上がる神。向こうも地上に被害が出来ない戦場を選んだらしい。彼等にとっても人間は大事な食糧だから。恐怖と絶望を放出させるための最低限の犠牲以外は出したくないのだろう。そうやって効率良く、長期に渡ってこの街を自分の餌場にしたいのだ。
笑う聖職者達はさっきのサランサガと同じように相手に鎖を巻き付け、あるいは高い建物を利用して振り子のように加速を行い、空中に身を躍らせて敵をを追った。鎖のせいで本来の力を封じられている魔族には神々と同じような飛行術は使えない。
すぐに空中で激闘が始まった。サランサガもふらつく体でそれに加わろうとして、しかし呼び止められる。
「おい、行けるのか? 無理はしなくていいぞ」
「誰に言ってやがる」
指揮官役の同業者に問いかけられ、再び笑う彼女。血塗れの右手で自分の鎖を固く握り締める。
「ありゃ元々アタシの獲物だ! 横取りなんかさせねえよ! なあ、イリュイナ!」
「らしくなったじゃないか。それじゃあ行くぞ」
「おう!」
そして彼女達も空へ駆け上がる。
圧倒的な力を前に、それでも笑みは絶やさぬままで。
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