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5.彼女は舌が肥えている
「──てなわけで、しばらくオメェらの相手は無理だ」
「えええええええええっ!? やだやだ! シスター・サランサガがいい!」
「もうシスター・テテリネの勉強会は嫌だよ!」
「なんで自由時間まで勉強させられなきゃいけないのさ!?」
いつもの教会の自室。全身包帯まみれで静養中のサランサガの元へお見舞いと称し訪れたのは教会で面倒を見ている子供達だった。親を喪った子だとか、事情があって親と離れて暮らさなければならない少年少女十二名。それが狭い個室の中で口を揃えて喚き立てるものだから、まったくうるさいったらない。
「だいたい、シスター・サランサガはめちゃくちゃ強いはずでしょ? 本当は怪我なんてしてないんじゃない?」
「バーロー、左腕は複雑骨折だし、全身真っ黒こげになったんだぞ。あの野郎、雷まで操りやがって。ほんとムチャクチャなバケモンだったぜ」
例のAランクは街のシスターが総力を挙げて立ち向かったことにより、どうにかこうにか倒すことが出来た。宿主となっていた青年は逮捕されたが、やはり発症中に犯した罪の重さに耐え切れず留置場で塞ぎ込んでいるらしい。
もしかしたら同業者になるかもしれない。できれば、立ち直って新たな人生を歩んで欲しいものだが。
(男じゃ戦闘はできねえしな。なんでアタシらの場合、女の体でしか力を発揮できねえんだろうな?)
供物病の場合は男女関係無しだというのに、不思議な話だ。
首を傾げていると、好奇心旺盛な少女が問いかけてきた。
「ねえねえ、それってどうやってやっつけたの!?」
「やめなよウルプィ。どうせいつものシスターのホラ話さ。供物病の患者が常人より強い力を発揮するのは、正気を失ったせいで肉体のリミッターが外れるからなんだよ。医学書にそう書いてあった。そもそも人間が空を飛んだり雷を操ったりできるはずがないじゃないか」
「テメエは本当に賢くて可愛くねェなコトンラク」
「どうも」
子供達の中で一番勉強家の少年はクイッとメガネを持ち上げた。この子を筆頭に何人かはサランサガ達"笑う聖職者"の活躍を眉唾物だと考えている。教会に身を寄せておきながら罰当たりな話だ。
でも、それでいい。神々と魔族の実在、そしてその対立については一般人に対し秘匿されている。だからこそサランサガも毎回、あえて大仰に自分達の仕事について語って聞かせているのだ。嘘っぱちだと思ってもらっていた方が何かと都合が良い。
ただ、騙し切れない子供もいる。
「すっごくがんばったんだね、おねえちゃん」
「……エリィナ」
子供達の中でも一際幼い四歳の少女がこちらに向かって手を伸ばした。サランサガはベッドの上で身体を捻り、折れていない右腕で彼女を抱き上げようとして苦戦する。
その様子を見た他の子供達が代わりにエリィナを抱き上げ、サランサガの膝の上に乗せてくれた。二人の関係については秘密なのだが、それでも彼等はそれとなく感じ取っているらしい。
「いいこいいこしてあげる」
「ありがとな」
再び手を伸ばしたエリィナの前に頭を垂れるサランサガ。その顔は外部の人間に対して見せる作り笑いに比べ、いっそう穏やかに、心底から愛おしそうに笑っている。
──エリィナは、この肉体の、サランサガの宿主イリュイナの娘。供物病にかかり、家族を次々その手にかけてしまった彼女が、それでも必死に寄生した神に抗い守り抜いた最後の家族。
殺人犯の娘であることが知られればエリィナの将来に影を落とす。そう判断が下り、二人は法的に親子でなくなった。心の壊れたイリュイナはサランサガの宿主となり、エリィナは身寄りのない子供として教会に引き取られた。
それでも一緒にいられればいい。この子が大きくなっていく過程を近くで見ていられれば、それでいいと胸の中のイリュイナが想っている。だからサランサガはこの肉体が好きだ。
「ああ、美味ェなあ……」
「また言ってる。シスター・サランサガは言葉遣いがちょっとおかしいよ」
「そうそう、どうして笑顔が美味しいの?」
「うるせえな。遊んでほしけりゃお前らも笑え。アタシにとっちゃ、それが一番の栄養なんだからよ」
体が治ったら、また遊んでやろう。
そしてまた、めいっぱい、この子達の笑顔を味わおう。
神を名乗るあのクソ野郎どもは味覚がおかしい。
こんな美味い感情を嫌がるなんて。
「アタシはアイツらみてえな悲劇なんかいらねェ。こう見えて美食家なんだ! さあ笑え! 腹ペコシスターを満足させろ!」
「きゃはははははは!」
「ちょ、くすぐるのは反則だって!」
──彼女達"笑う聖職者"は、これからも人間を守っていく。魔族にとって、人々の幸福こそが至上の美味なのだから。
今日も明日も明後日も、全ての"神"を駆逐するまで、鎖で縛られた修道女達の戦いは終わらない。
(終)
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