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その2
トイレに入って用を足そうとしていた時だった。
個室にはいるや否や、真上から思い切り、大量の水が降ってきた。
「きゃああああああ!!」
降りかかる水の感触と冷たさに、私は悲鳴を上げた。
当然、びしょ濡れになる。水を吸い、体にぴったりと張り付いた布の感触が言葉にできない程に気持ち悪かった。
「「「きゃはははははは!!!!」」」
複数の笑い声が響き、遠ざかっていく。
ああ、いつものか。この仕打ちすら、今の私にとってはすっかり日常と化していた。
そして、冷静になった頭は次の思考を張り巡らせる。どうしよう、着替え持ってきてないや。こんなことを思いながら、私は用を足し、個室から出た。
体から滴り、滴った私は、個室から出た。
そして、鏡の前に来て、改めて自分を覗いた。
なんて情けない姿だろう。なんて…なんて…
その時だった。
「これ…」
不意のその声に私は一瞬気づかず、やや遅れでその声の主へと振り返った。
そこにはいつも見慣れていたクラスメートがハンカチを出して立っていた。
私はこの子を知っている。この子はいつも私を嘲り笑うグループの中にいた少女だった。
「これ、使って」
少女はハンカチを差し出した。
「貴女は…」
私はその子に向き合う。そして、恐る恐る、そのハンカチを手に取った。
それを合図に、その子はきびすを返してその場から去った。
「……」
何がなんだか私にはわからなかった。
でも、一つだけハッキリとしたことがある。それは――
初めての優しさだった。
そうか、私は……
初めての思いやり、初めての温かさ。それが私を癒そうとしていった。
*
俺は夢を見ていた。ただの夢じゃない。悪夢だ。
浴びせられる罵詈雑言。机に置かれたしおれた花瓶。何度も浴びせられる水…
間違いない。俺は「いじめれている」
何故、いじめが自分の身に降りかかるのか、全く検討もつかなかった。
そして、なによりはいじめをするクラスメート達の顔に靄がかかっていて、その正体が隠されていたことだった。
今日も夢の途中で目が覚める。
真っ暗な闇が自分の目に飛び込んできた。全身は相変わらず汗で濡れていて、着用していた寝巻きをぴったりと体に張り付かせていた。
「…」
横にあった携帯電話を見る。闇の中を強烈な光が自分の顔を照らし出した。
時刻は深夜三時。通りで暗いはずだ。
「はぁ…」
思わずため息をつく。
あの"女”を見たその日から、自分の夢は悪夢ばかりになった。その夢はどれもこれも臨場感たっぷりで、心臓に悪い。
夢を見るたびに悲痛、憎悪が自分を染め上げる。
何でこんな夢を見るのだろうか。
いじめられてる最中も、どうして自分がいじめられているのかも見当もつかないし、自分が何故、こんな目にあうのか、その答えを探すが、答えは見つからなかった。
「…」
思考が浮かんでは消えていく。駄目だ、完全に袋小路だった。
この無意識の答え探しも意味を成さないように思えた。
「…あ」
そういえば。唐突に喉が渇いた。そうだ、こんな時は喉を潤し、思考を空にしよう。そうすれば少しは頭がクリアになるかもしれない。
そう思った俺はベッドから体を起こした。次の瞬間――
闇が真っ白な腕を伸ばし、自分の首を絞めた。
「!!!?」
その唐突さに、思考が追いつかなかった。いや、思考よりも先にその突然の暴挙に全身が震え上がった。
何だ、何が起こって――
そして、腕は次々と体を作り上げ、闇の中から病室にいた少女がぬっと眼前にその顔を露にさせた。
「――っ!!??」
その顔に俺は恐怖の悲鳴を上げようとしたが、首を絞められている以上、それも叶わなかった。
凍りつくほどに冷たい腕の感触が、万力の如く自分の首を締めていく。
それにより遠ざかり始めた意識は、ぎょろりとその腕の主を視界に入れた。
腕の主である少女は真っ白な顔に、同じく限界まで見開いた白目をむき出しにして、俺の目を合わせた。
混乱する頭。凍りつく背筋。その視線に俺の全身を恐怖という恐怖が改めて全身を駆け巡った。
その様子を感じるように少女の顔はにんまりと笑みを作る。
その嗤いに怖気という怖気が体を染め上げた。しかし、その恐怖も薄れゆく意識には勝てなかった。否、その意識の薄れこそが自分を逃避させる唯一の手段だった。
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