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その3
その日から私に何かあるたびに、そのクラスメートは私に手を差し伸べるようになっていった。
水を浴びせられる度にハンカチを差し出し、転んだ際には手を差し伸べてくれるようになった。
「大丈夫?」
そのクラスメートはそう声をかけてくれる。
ハンカチをさし伸ばすだけ。心配そうに声をかけるだけ。
それでも、私にとっては励みだった。
「あの…!」
いつも通りに私を慰めに来た彼女に、私は勇気を振り絞って聞いた。
「どうして、私を心配してくれるの?」
どうしても不思議だった。どうしてこんな自分に声をかけてくれるのか、どうして自分を慰めてくれるのか。皆、私を邪険にし、私物を隠し、モノを投げつけ、嘲笑うのに。なのに、どうして貴女は私を気遣ってくれるの?
その問いに対し、
「…だって、同じクラスメートじゃない」
そう、彼女は小さく笑って見せた。
そう、それは私を人間扱いしてくれた唯一の言葉だった。初めて、あの教室で、この学校で私を認めてくれた、光の言葉だった。その言葉をどれだけ待っていただろうか。どれだけその言葉に今、癒されただろうか。
冷たく、淀んだ心に初めて暖かさが満ちていくのを感じた。
その暖かさをもっと味わいたくて。
この人なら私を泥の中から引き上げてくれると思って。
それで――
「――あの!」
「ん?」
「えっと…その…」
件の彼女は首をかしげる。
私は湧き出た勇気を振り絞って、半ば叫ぶようにそれを口にした。
「私と!友達になってください!!」
まるで男子に告白するような感じだ。相手は自分と同じ女の子なのに。
胸がどきどきした。バクバクした。断られたらどうしよう。そんな心配が私の中を駆け巡った。
一瞬の間。そして、
「いいよ。アドレス教えて」
私の心に光がさした。
*
眠れなかった。とにかく眠れない。
いや、眠ろうと思えば何とか眠れる。だが、問題はその後だ。必ずといって良いほどに、俺は悪夢を見る。
罵詈雑言を浴びせられたかと思えば、クスクスと遠巻きに嗤われる。座っていれば何度も椅子を蹴られ、椅子ごと踏みにじられ、ちょっと目を離した隙に物を隠される。その度に俺は泣き続ける。こんな事、経験したことは無いのに。泣きたくないのに、無理矢理目から涙が搾り取られる。
そして、必ず目が覚める。朝に目が覚めればまだ良いほうで、夜中に目が覚めれば当然の如く、"あの女”が首を絞めに来る。それに対処しようとして、そいつをぶん殴ろうとしたこともあったが、いつも空振りになる。いや、実体が無いのだから反撃の仕様が無い。こちらの攻撃が全く聞かないくせに、向こうの攻撃はこちらに効くなんて反則もいいところだ。
もう、どうしていいかわからなかった。
授業中。
睡魔と闘いながら、何とか教師のほうに首を向けていた。何とか目を覚ましていなければ。でも、それでも眠いものは眠い。重くなる瞼。鈍磨する意識。さっき、顔を洗ったはずなのに、全く効かなかった。
くそ…くそ…
心の中で悪態をつく。これも全てあの女のせいだ。なんなんだ、あの女は。
しかし、いくら悪態をついてもあの女がやばい女であることに変わりは無い。関わったら間違いなく禄でもないことになる。そんな女を見つけてしまった。見つかってしまった。故の今がある。
くそ…くそ…
そもそも、あの女は何者なのだろうか。何故、あの時、母の病室にいたのだろうか。何故、執拗なまでに自分に付きまとうのだろうか……だめだ、いくら考えても答えが見つからない。
くそ…
眠気と疑念が邪魔で何にも手がつけられない、集中できない。いくら悪態をつこうとも事態が好転しない。そんな気配すらない。
とにかく集中しなければ。この学校は内進点が高めだから、あまり授業態度がよろしくないとマズイ。せめて、授業内容だけでも――
そう思った次の瞬間、
足を思い切り掴まれた。
がばっとその感触の居所を見た刹那、机の下の"女”と目が合った。
「うわあぁぁぁ!!!!」
思い切り立ち上がり、仰け反った。その調子に思い切り背後の机に背中をぶつけた。
教師と他の生徒達が何事かとこちらに視線を集中させた。
だが、そんな事はお構いなしだった。
"女”は白目をむき出しにしてこちらを見つめ続けていた。
悪夢が遂に昼間まで浸食し始めた。
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