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俺と庭師は揃ってビンに口をつけていた。思いきりよく、傾けたビンから流れ落ちるサイダーをごくごくと飲む。冷たい冬の水が喉を下っていくのは気持ちいい。
目の前に座る庭師はすごくキレイだった。白い髪に白い肌、赤い目。なんて、どこかで聞いたかもしれないウワサの吸血鬼の姿はしていないけど。それでも、どこか儚い感じがするやつだった。
薄い茶色の髪に、ほどほどに焼けた肌。
この世界の吸血鬼は日光に負けない。それを知ったのは、ずいぶん昔に学校を卒業して、初めて外の街に行ったときのことだったっけ。
目は、うん。赤く、ない。紅茶色っていうのかな。赤みがかかった茶色。赤くはない。
俺より先にビンから口を放した庭師は、空いていたもう片方の手で髪をかきあげた。柔らかそうな髪が、すぐにさらりと落ちてきた。
ふう、と庭師が息を吐き出した。
ビンの中はほとんど空だった。
「暑いな」
中身を半分ほど残して口を放した俺は言った。別に、庭師に対して言ったわけじゃない。
庭師がこっちを見た。
「暑いですね」
そう返す庭師は、長袖の白いシャツを着ていた。薄い生地のそれと、スラックス。
「暑くないか?」
「これから仕事なので」
「暑いのに」
「これから寒い所へ行くからいいのです」
「え、いいな」
「六花(むつのはな)を採りに行くアルバイトです。誰かさんがスノウサイダーをがぶ飲みするので」
あ、がぶ飲みした犯人は俺だ。
六花というのは、氷の結晶。スノウサイダーの大事な材料にもなる「冬に咲く花」。つまり、庭師はこれから冬のある所に行くらしい。
冬のヴェールは積もる白。白色ヴェールをさらりさらりと流して、少女は踊る。
今日一日だけで俺はすでに何杯もおかわりしていた。もしかしたら在庫がなくなってしまったのかもしれない。
冬の花は夏には当然とけやすい。春に凍っていた氷が溶けるように、あっという間に水へと変わってしまう。
店主はうまい具合に炭酸の上に浮かべる。浮かべられた花たちは、これもまたあっという間に底へと沈んで融けてしまう。
一度だけ見せてもらったことがあった。それはとても綺麗な一瞬だった。
俺はほんの少しだけ申し訳ないと思った。と、思った。こんなに暑いんだから、仕方ないじゃないか。そう言ってしまうと、俺は目の前の吸血鬼に何をされるかわからない。
「スイマセン」
だから、俺は謝っておいた。
謝っただけだけど。
「暑ければ誰だって飲みたくなるでしょう? でも、そうですね。本当に貴方が申し訳なく思っているのなら。
一杯おごれ」
この吸血鬼、おかわりを請求してきやがった。
ほんの少しは悪いと思っているから、俺は奢るんだろうな。返事はイエスしか用意されていない。
「か、かしこまりましたご主人様」
なんちゃって。
ふざけた俺に庭師は笑った。
「ふふっ。それではお茶会と洒落混みましょうか」
空腹のテーブルの上にはガラスのコップが三つ。待ち人を待ちながら、俺は吸血鬼とティータイムを過ごすことになった。
まずは、サンドウィッチを食べてから。
腹が減ったら戦う前に勝負は決まる。万全の状態でも勝てるかわからない相手に、空腹の状態で挑むのは愚かなこと。これ、基本。
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