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扉
「いくつ先まで行くんだ?」
俺は庭師に聞いた。スノウサイダーのビンは、今度は綺麗に空になりそうだった。
「三つは通るでしょうね」
俺のこの聞き方は、扉を通る者にとっては普通の聞き方だ。
世界は不思議で不思議で、不思議に溢れている。そんな世界は一つ二つじゃなくて、小さな世界の集まりだったりする。
俺たちの今いる街は王都と呼ばれる特に大きな世界。そこはいろんな存在が出入りし、住人は受け入れる。ごく、当たり前のように。
王のいない王都、フロンティア・ガーデン。
それがこの街の名前だ。
誰かが言った。
『王都・フロンティア ガーデン』
王のいない都へようこそ
ここは可能性と未来を開拓する
冒険者の街
あちらに見えるが大図書館
世界に唯一の図書館です
あちらに見えるが国役所
冒険の手続きはあちらでどうぞ
今日も賑やか市場と公園
市場ではなんでも揃います
公園では楽しい出会いがあるかもね
あちらに見えるが初心学校
冒険者になりたくてもならなくても
誰でも始めはあそこから
その隣に見えるが冒険学校
もしも冒険者を目指すのならば
あそこへ通っておきなさい
誰もが通る通過点
選択肢は全ての命に対して平等に
選ぶか避けるかはあなた次第
王都はあなたを歓迎しよう
良い道を選びなさい
勇者よ、勇気をここに掲げよ
戦士よ、雄々しく立ち向かえ
騎士よ、意志をその背で示すのだ
医師よ、命を癒し助けるのだ
コックよ、命を貰い潤すのだ
パティシエよ、夢を与え育てるのだ
あなたが選んだその道は
いつの日かきっと実を結び
あなただけの名前を与えるだろう
おそれるな!
進め!
あなたは誇れる冒険者
もしもあなたが誇らなくても
我らが代わりに誇ろうぞ!
どんな道を選んでも
後悔だけは決してするな
我らはあなたを見捨てない
ここは冒険者が集う通過点
力と魔法を育みながら
出会いをゆるりと待つがいい
門はひらいた
ここは王都
フロンティア ガーデン
主のいない庭
Frontier Garden
そんな風に、誰かが言った。まさにその通りだと、俺はここで生きてきて思った。
街に出入りするには扉を通らなきゃいけない。その扉は世界を繋ぐ扉だ。
街と森。街と砂漠。街と隣の街。街と、どこか。昔いた頭のいい人たちが作った扉たちは、どこかとどこかを繋げた。
それは運命みたいに一ヶ所と一ヶ所しか繋ぐことができない。だから、扉はたくさんある。
ぱたん。扉が開いた時に見える向こうの景色はいつだって素晴らしいさ。切り取ったみたいにこっちと向こうで景色が違うんだから。
ぱたん。閉じた扉を前にして、俺はいつも胸がドキドキする。この扉の向こうに違う世界がある。そう、思うだけですごくドキドキするんだ。
扉を作ることは難しいこと。人の手で作るなんて。俺にはどう考えても無理だとしか思えない。
でもこの世界にはさ。俺なんかよりもずっとずっと、ずう~っと賢い人がいてさ。そんな人らが扉を作るらしいんだ。
俺には関係ないことだけど。
そんな人たちは本当にすごくてさ。今まで扉が壊れたことは一度もないんだ。開かなくなったり閉じなくなったりすることはあるんだけど、それを直すのは作った人の仕事じゃない。
とにかく、扉を作った人たちはすごい。すごいけど、やっぱり限界っていうものが人にはあるんだよな。
一つの扉を通って行けるのは一ヶ所だけ。だから、場所によっては違う扉をいくつも通らないと行けない場所もある。
今いる場所から離れるにつれて、いくつもいくつも扉を通らないといけなくなるんだ。
世界には外から来るものを拒絶する世界もある。こっち来るな。入って来るな。そういう世界とは扉が繋がりにくい。
もしかしたら繋がっていないのかもしれない。世界が自分で扉を閉じるんだ。
人も、同じだよな。俺も。あいつらも。
だから、自分で開かなきゃいけない。
そういう閉じた世界に行くには方法は一つだけ。
自然に作られた扉が運よくその世界と繋がるのを待つ。それだけだ。
繋げられないから繋がるのを待つ。単純な話だよ。
どれだけ時間も運も使うかわからないけど。
そういうこともあって、俺たちは滅多に外の世界へは出ない。普通だったら一つの世界の中で一生を終えることができる。
それでもいいんだ。
それでもいいんだけど、俺たちはワガママでさ。一つの世界だけでもいいのに、誰だって外の世界に夢を見る。
行ってみたい。知りたい。見てみたい。
扉一つ先の世界だったら、意外と誰でも行ける未知の世界。
森へ行って帰ってこないなんてよくある話だけどさ。それは、ほら。ここにいるだろ? 吸血鬼とかそういう世界の住人と出会えば帰って来られない。かもしれない。
かもしれないくらいの軽い話なんだから、気軽に出かけて行けるんだよ。
俺たちはそれを探検と言う。扉一つ向こうに行くのは、探検。誰でもできるアソビゴト。
じゃあ、それより先は? 遊びじゃすまないホンキゴト。
扉を二つ以上挟んだ世界っていうのは、遠い世界なんだ。自分のいる世界から離れた、別の違う世界。そこでは常識だって通じるかわからない。
二度と、帰ってこれないかもしれない。
それでも先に進んで、世界を巡ろうとする人たちのことを俺たちはこう呼ぶんだ。
「冒険家」、ってね。
憧れるさ、俺だって。行ってみたいさ、二つ以上扉の向こう。でも怖いんだ。
起きるかもしれないことを予想してしまう。それにこわがって、足を踏み出せない。
それがおとななんだよ。
俺は遊びで一つ扉向こうだったらよく行く。でも、それ以上は。
勇気がなくて進めない。
これがおとなだ。
小さな探検で満足したつもりになってる、これがおとなだ。
あーあ、ほんと、つまんないおとなになっちまった。
目の前にいる別世界の庭師が勇者に見えるぜ。
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