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「じゃあ、行くか。就職決まったならもう暇なんだろ? たまにはサークルの方にも顔を出せよ」
耳が拾ったケイクの声を脳は認識しなかった。ケイクに合わせて席を立ち、上の空で返事をする。容姿端麗、スポーツ万能、博学卓識、そしてなにより、ユーモアがあって誠実。無数に並べられるケイクの長所に、自分が嫉妬を覚えることはない。
ただ一つ、なにかに打ち込める、その情熱を除いては。
自分が抱いている劣等感を、ケイクが知ることはおそらく一生ないだろう。心の奥底に潜むほんの一欠片が、それ以外のほぼ全てを埋めるケイクへの敬愛を覆すことはない。
最後にもう一度だけ嘆息する。
中庭に面した正面の窓からは、気持ちのいい初夏の日差しが射し込んできていた。軽くなったトレーを手に取り、ケイクと共に返却口に向かう。午後は教授に報告に行って、それからなにをしようかと考える。ケイクのいう通り、たまにはサークルで羽目を外すのもありなのかもしれない。就職が決まった直後で、卒業研究の続きに手を付ける気には、とてもではないがなれなかった。
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