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ゲルハト
医者のゲルハトは病院にはいなかった。自宅を訪ねると丁度家から出るところだった。メルカトルは慌てて声をかけた。
「やあゲルハト。しばらく病院を閉めているそうじゃないか、病気にでもなったのかい?」
「あぁ、メルカトルか。病院ならもう辞めたよ。それどころじゃないんだ」
「何があったんだい? この辺に医者は君しかいないのに。僕は薬を探しているんだ」
ゲルハトは急にキョロキョロと周りを見渡すと、声を潜めて言った。
「メルカトル、誰にも言うなよ。俺が不老不死について研究していたことは知っているな?」
「うん知っているよ。不老不死なんて無理だよ、僕らは必ず死ぬんだ」
ゲルハトは医者の傍ら、なにやら怪しげな研究をしていたのだ。メルカトルはそれを知っていたが、難しくて全く意味が分からなかった。異常に不老不死に拘るゲルハトに、少し恐怖すら覚えていた。
「へへへ。それがさ、ずっと悩んでいてやっと分かったんだ。俺たちが死んでしまうのは、寿命を減らす悪魔の仕業なんだよ、俺はそいつを見つけたんだ」
「何を言ってるんだよ、悪魔なんていないよ」
「いやいる。新聞の配達員だ。アイツは実は悪魔なんだ。俺に新聞を届ける代わりに、俺の寿命を一日ずつ盗んでいってしまうのさ。だから俺はその悪魔をやっつけなきゃいけないんだ」
ゲルハトは小さな鞄を大事そうに両手で抱きしめた。丸眼鏡の奥で鋭い目が光った。その視線はメルカトルを通り越してどこか遠くを睨んでいた。
「ゲルハト、配達員は悪魔なんかじゃないよ」
「ふん、うまく騙されているだけだよ。メルカトルも気を付けた方がいいぞ、悪魔は俺たちと同じ姿をしているんだ。それじゃあ俺は準備があるからまたな」
「ちょっと待ってくれ、僕は薬が……」
ゲルハトはメルカトルの呼びかけを聞かずにそそくさとどこかへ行ってしまった。
メルカトルはやはり彼は間違っていると思った。新聞の配達員は悪魔なんかじゃない。毎朝、新聞を届けてくれるのだから、寿命が一日縮んでしまうのは当たり前じゃないか。
クレメルは言っていた。
“頭のいい奴が考えすぎるとろくな事がない”
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