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カナシミ
メルカトルは何日も歩き続けた。知っている道を歩きつくして、知らない道も歩きつくした。たくさんの人に話を聞いたけど、結局“カナシミ”について知っている人は見つけられなかった。
メルカトルは途方に暮れしまって、クレメルの家に戻る事にした。
クレメルはもう見ていられないほど黒くやつれていた。ボロボロのカラスのようだ。
「クレメル、ごめんよ、薬は見つからなかったんだ」
「そうか。最初から期待なんかしていないさ」
クレメルは苦しそうに笑った。
「大丈夫かい?」
「どうやらカナシミが俺の内臓まで食い破っているみたいだ、そろそろサヨナラだな」
「サヨナラなんていうなよ、やっぱりゲルハトに看てもらおう」
「お前知らないのか。あいつは人を殺して今は牢屋の中さ、頭が良い奴は狂うのも早いな」
「え、ゲルハトが人を、じゃあ本当に配達員を、僕は……」
メルカトルは後悔した。あの時、もっとしっかりと止めておけばこんな事にはならなかった。心が少しずつ暗く重くなっていく。その表情を察してクレメルが言う。
「メルカトル、見当違いのことで自分を責めてしまうのは損だよ。君が頑張ってくれたおかげで分かったこともある。メルカトルの顔を見ていて気が付いたんだよ、薬なんていらなかったんだ」
その言葉にメルカトルは喜んだ。今までの苦労が一気に吹き飛んだ気がした。
「じゃあ治るんだね。クレメルは何だって知っているんだ、病気なんかに負けるわけがないよ」
「うん。きっとカナシミなんて笑っていればそのうち消えちまうんだ。俺は長い間、笑っていなかっただけさ」
クレメルはそう言うと大きく咳をした。口の中まで真っ黒だった。
「でももう遅いかもな、俺はまた順番を間違えたのかもしれない。もっと早くメルカトルに会いたかったよ。」
「遅くなんてないよ、僕がクレメルを笑わせるよ」
「そんな泣き顔でどうやって笑わせるんだい? いいかメルカトル。生きる事は結果じゃない、その過程だ。日向になったり影になったり、クルクル回って色々あるんだ。だから四角い地図ばかりを眺めていてもダメだよ、もともとこの星も心も、丸いんだからさ」
「わかったよ、クレメル」
「よし、じゃあ泣くな。まずは笑顔を作ってみろよ、試作品でいいからさ」
そう言うとクレメルはメルカトルの頭を撫でた。メルカトルは必死で我慢したけれど、こらえ切れずに泣いてしまった。でもその涙の雫には、クレメルの笑顔が確かに写っていた。
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