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11.現実としてスピンオフをかんがえてみた件。
まさかのこの世界が、本編完結後のスピンオフの世界に突入してしまっていただなんて。
しかもこの感じだと、おそらく主役に据えられているのは俺、鷹矢凪冬也だ。
今の時点では推測でしかないにせよ、その蓋然性はかぎりなく高い。
あげくそのスピンオフのシナリオは、メインライターが白幡ルートとおなじ、前世の俺の先輩が書いているらしい。
その先輩の作風はハッピーエンドコースとバッドエンドコースで、両極端にふり切れているときた日には……。
これはむしろ、俺にとっては悪い知らせ以外のなにものでもなかった。
「鷹矢凪社長?本当にひどい顔色をしているが、だれかに送らせるから今日はもう帰ったほうが……」
ふいに遠慮がちな声をかけられ、ハッと顔をあげた。
声の主は、鷲見社長だ。
そうだ、自分にとっては天地がひっくりかえりそうなレベルの話になっていることに気づいてしまい、そちらに気を取られてしまっていたけれど、決して今だって油断してていい状況なんかじゃなかった。
だって、この社長室という密室に、己を襲った鷲見社長とふたりきりという状況のままだ。
「あ……いえ、その……」
だけどこのことは、どう説明していいのかわからなかった。
まさか突然『あなたも私もBLゲームの世界の住人なんです』なんて、言えるはずがないだろう?!
そんなことを急に言われたところで、ふつうなら俺のあたまがおかしくなったと思うだけだ。
そうでなければ、いまだに中二病でもわずらっている面倒な人物としか思えないだろう。
「───すまない、私もデリカシーに欠けていたな……君を襲ってレイプした男と、こんな密室にふたりきりだなんて、そりゃあ気分も悪くなるだろう……」
だけどこちらを気づかい、気分が落ちつくまでここにいてもいいし、帰るなら送らせると言う鷲見社長に、俺はこたえにつまる。
これって、いわば例の選択肢ってヤツだろ?
どちらをえらぶかで、この先のストーリー展開が変わるとかいう。
そうかんがえたら、気楽に思ったとおりのこたえを口にするのが怖くなった。
いったい今回は、どちらが正解なんだ……?
「……どうやら君には、落ちつく時間が必要なようだ……私は少し、外に出てくるとしよう」
そうしてこたえが出せないままに黙り込んでしまった俺に、困ったようなかすかな笑みを浮かべた鷲見社長は窓をあけて換気をすると、社員たちの様子を見てくると言って、本当に出ていってしまった。
「すみません………」
ひとりになって、謝罪の言葉を口にすると、ようやく肩の力が抜けていく。
ソファーに深く腰かけ、上を向いて目をつぶる。
正直なところ、むちゃくちゃ混乱していた。
だって、仕方ないだろ?
いきなり男に襲われてヤられたあとに、今度は自分がBLゲームの主人公になったらしいなんて気づいてしまったら、どうしていいかなんてわからなくて当然だ。
夏希や白幡とすれちがってしまう冬也のその不器用さと、そして凋落の一途をたどるというエピソードは、白幡ルートのハッピーエンドのエピローグでアッサリと語られるだけで終わる話だった。
けれど、恐ろしいことにあのゲームの熱狂的なファンのあいだでは、そこをくわしく掘り下げてほしいなんていう声もあがっていたと聞いた気もする。
ならばきっと、このスピンオフは本編のその後を描いた作品になるはずで、終着地点は……妥当なところでその凋落ってところだろうか。
もし俺がシナリオを作るなら、それしかないと思う。
ハッピーエンドはまず会社が持ち直して凋落を回避できることだろうし、その配置された攻略キャラのだれかとくっつくことだとしよう。
でも俺がだれとくっつくかなんか、この際どうでもいい。
……いや、本当はどうでもよくはないけど、今それは気にすべきことじゃない。
ここが俺にとってはまぎれもない現実である以上、気にしなくてはいけないのはただひとつだ。
───どうしたらバッドエンドを回避できるのかという、それだけだ。
というか、おそらくは攻略キャラごとにハッピーエンドコースとバッドエンドコースの両方が用意されているとかんがえたほうが無難だろう。
なら、だれのルートに入ったところで、そのバッドエンドコースだけはさけたいところである。
ほら、よく恋愛シミュレーションゲームには、どの攻略キャラとのフラグも中途半端にしか立てられなかった場合、関係ないクラスメートとの『オレたちずっと友だちだぜ』的な親友エンドに落ちつくルートもなくはないわけだし。
どうせなら俺の身の安全のために、そのあたりを目指したいところだけど。
言うまでもなく元々ザマァ対象になるような悪役側のモブだった冬也だけに、どうせ夏希とはあつかいがちがうんだろ?
本人はなにひとつ悪くないのに、なぜか不幸ばかりに見舞われていて、でも必死に前を向いていた健気な夏希とは。
つまりは基本的にイージーモードで、甘やかされて愛されるストーリー仕立てだった夏希とはちがい、俺の場合は選択肢をあやまれば容易に、ふたたびさっきみたいなひどい目に遭わないともかぎらない、ということだ。
自業自得と言えなくもないのかもしれないが、自分のことだけに怖いものは怖い。
ふと気づいた洗面台の鏡に映る己の顔色は蒼白で、たしかに鷲見社長の言うとおり、ひどい顔色をしていた。
こんな顔じゃ、なにかあったって言ってるようなもんだ。
帰るにしたって、もう少しどうにかしてからじゃなきゃダメだ。
「はぁ……」
そう思ったところで、気がつけばボンヤリとしてしまうし、もう何度もため息が出てしまっていた。
本当に、今夜はひどい夜だった。
こちらの情緒が不安定になるようなことばかりが、立てつづけに襲ってきたというか。
こんなとき、いったいどうすればいいんだろう?
引き合いに出すなら、本編の主人公だった夏希だろうか。
夏希なら、きっとだれかに襲われたところで、必ず助けが来る。
だからその助けにきた相手から、心配されて、いろいろと世話を焼かれているんだろうなぁ……。
───でも、俺には無理だ。
もちろん実際に助けなんてなかったのもさることながら、そんな風に弱った姿をだれかに見られるとか、かんがえるだけで嫌だった。
今だって、人前で泣き顔をさらしてしまったことがはずかしくてたまらないし、できることなら相手の記憶を消してしまいたいレベルで後悔している。
だれかを頼るのが苦手で、人に弱みを見せるのも苦手だ。
そう思うと俺と夏希とは双子だというのに、すなおでかわいらしい夏希と比べると、なんてかわいげがないヤツなんだろうか……。
そりゃ、おなじようなBLゲームの世界に突入したところで、こんな性格をした俺ならイージーモードなんかじゃなく、ハードモードにもなるよな。
あたりまえだ。
「───────っ、なんで……っ、俺はこうなんだ……っ!」
わかっているのに、胸が痛い。
鼻の奥がツンとなって、ふたたび視界がボヤけてにじんでくる。
こうしてふるえるほどにツラい思いをかかえたところで、それをだれかに話すこともできないし、ただそれを自分で乗り越えていくことしかえらべない。
あれほど献身的に支えてきてくれた白幡にすら、弱みを見せられなかったんだ。
きっともうこれは、死ぬまで変わらない。
白幡、か……今ごろは夏希としあわせに暮らしているだろうか?
……………………………………。
…………………………。
………………。
「ダメだ!」
どうしてもふたりのことをかんがえると、落ち込んでしまう。
わざと声に出して、己をいさめる。
そうしないと、ずっと暗いままに延々とループしてしまいそうだった。
こういうとき、どうするのがいいのか。
今までの俺なら、落ち込んでいるヒマなんてなかった。
だって、仕事が忙しかったから……。
あぁそうか、仕事か。
ふと視線をめぐらせれば、ソファーのうえには放り出されたままのタブレット端末があった。
元々は、ここの会社の経営改善の助言を求められていたんだったっけか。
非日常から日常へもどるには、いつもとおなじことをするのも効果的だと、心理学でも実証されているしな……。
そう思い出したところで、暗くなっていた画面を復電させると、画面にあらわれたデータを読み込んでいく。
ページをくるように操作し、別のデータを表示させ、そのデータをもとに自分ならばどうするかとシミュレーションを脳内ではじめる。
気がつけば、俺は必死になってそれらのデータを分析し、改善策をかんがえるのに没頭していた。
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