彼の視線、私の視線

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 家に帰ると、洗面所に駆け込み顔を洗った。洗顔フォームは、スキンケア用のやつだけど、ドラッグストアで買った安いやつだ。もっと高いやつの方がいいかなと思いながら、泡立てネットで泡だてて、いつもより丁寧に洗う。  化粧水は、いつも使ってる安い自分用のやつじゃなく、お母さん用の高いやつをこっそり使ってみようと思った。お母さんは毎日お化粧をしているのにニキビもなくて綺麗だから、高い化粧品の方が肌に良いのかもしれないと思ったから。  お母さんの化粧水を少し手に取って、顔にペタペタ付けてみる。少しベタっとするし、ニキビが小さくなった気もしない。 「何してるの?」 「!!」  突然、後ろから声をかけられた。  お母さんが帰って来た。思ってたより、早い。  お母さんの化粧水、洗面台の収納棚から出しっぱなしだ。勝手に使ったのがバレてしまった。 「何でもない!」 「リナちゃん、待って」  お母さんの化粧品を勝手に使った後ろめたさと、急に色気付いた自分が恥ずかしくて、俯いたまま足早に横を通り過ぎようとしたら、お母さんに呼び止められた。恐る恐る振り返る。  てっきり怒られると思ったら、お母さんはにっこり笑っていた。 「お母さんの化粧品は、若いリナちゃんには合わないと思うわ」  私の左頬にそっと手を伸して、ニキビのあるところを優しく撫でる。 「知り合いのビューティーアドバイザーさんに、相談してみようか?」  なんで勝手に化粧品を使ったのか、お母さんは聞かなかった。それどころか、なぜか嬉しそうに笑っている。  私は、恥ずかしさと嬉しさで俯いたまま、「うん」と小さく返事をした。  お母さんの知り合いのビューティーアドバイザーさんは美容のプロで、私の肌を見て、話を聞いて、私に合う化粧品を勧めてくれた。それに、毎日のスキンケアや気を付けることを教えてくれた。早速、その日から実践した。  目に見えてニキビが減ってくると、他の所も気になってくる。ネットで調べたやり方で眉毛を整え、色のないリップクリームで唇の荒れを治して艶を足し、ぼさぼさに浮いていたアホ毛も、浮かないようにワックスで押さえた。  大きく変えたりはしない。だけど彼の目に映る私が、少しでもキレイに見えればいいなって思いながら、校則の範囲内でのおしゃれをした。地味な私を、ほんの少し可愛いって思ってもらえるように。
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