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柊が握りしめたのはおそらく、陽光の『想い』だ。
再びゆっくりと開いたその手の中には、当たり前だが何もなかった。
それでも、確かに在る様な気がしてならなかった。
空っぽの手のひらを、柊は胸の真ん中よりもやや左寄りへと当ててみる。
ジャケットとワイシャツ、そしてベストとを難なくあっさりと通り抜け、伝わった。
陽光が柊へと寄越した『土産』が、そこにはしっかりと仕舞われているのを感じた・・・・・・
列車がトンネルへと入り窓ガラスがほんの束の間、黒い鏡と化す。
柊は、映し出された自分の姿を致し方なく見つめた。
やはり何処をどう見ても、洋装が似合っている様には全く思えない。
「ただ、見慣れていないからだ」と割り切ってしまえば、それまでなのだろうが。
柊にはそれが出来なかった。
そうは思いつつも陽光が言った、言ってくれた言葉を思い返す。
「よく似合っている」
そう言われた際に、柊は思わず絶句してしまった。
その後にすかさず続けられた言葉は、
「やっぱりよく似合っているよ。その格好」
だった。
陽光が言うのだから噓偽りない、真実なのだろう。
言われた柊自身も又、よくよく分かっていた。
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