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その時は一度は固辞してみせた陽光だったが、今度は違った。
「前泊したのか?」
と、全く違うことを、――質問をしてくる。
柊の眉が真ん中へと寄せられる。
『柳眉』という言葉そのままのそれは、「何故そんなことを聞くんだ?」と正直に物語っていた。
「いや、今日の午後一に着いた」
「おまえがホテルに泊まるだなんて聞いていなかった」
「陽光――」
言う陽光の声の調子は何時もと同じ平らかさだったが、より低く柊の耳には聞こえた。
「今夜は俺の部屋に泊まらせるつもりだった」
「⁉」
柊の表情が瞬時の内に強張る。
心なしか血の気も引いた。
陽光はそれを見て取ったのだろうか?
柊にか、――それとも自分にか苦い笑いを浮かべた。
「それはっ‼」
とっさに説明を試みようとする柊を遮るようにして、陽光がつぶやく。
「言ってくれればよかったのに」
陽光には柊を責める気などさらさらない。
「他人行儀で何とも水臭い」と、陽光の声無きこえは明らかにそう告げていた。
ここがそれなりに名の知れた、いわゆる『高級ホテル』のメインロビーであることは柊の頭の中からはすっかりと抜け落ちていた。
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