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エレベーターへと乗り込み、ドアが閉まってからようやく柊が振り向いた。
陽光の顔をしげしげと見つめ、問いかけてくる。
「どうした?」
「いや――、何でもない」
陽光を見上げる柊の目が「変な奴だな」と素直に物語っていた。
今のいままで、一体自分はどんな顔をしていたのだろうか?
真正面から直球に柊へと問うわけにもいかなくて、陽光は慌てて言葉を濁した。
柊がうつむき加減で言い放つ。
「本当に、早く帰って来い」
「柊」
「もちろん待つし、待っているけど――」
その先を柊はすっかり自分の内へと飲み下す。
本当は「いい加減、寂しい」と続けたかった。
――言いたかった。
柊のその先を促さないのは陽光が陽光所以、らしいところだ。
ただ一言、
「分かった」
と答えるだけに止まった。
柊にとってはそれだけでもう、十分だった。
顔を上げ、陽光の目を真っすぐと見上げる。
柊は何も言わなかった。
極めてわずかにだが微笑んだ。
エレベーターのドアが音もなく開いた――。
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