衣片敷き独りかも寝ん

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衣片敷き独りかも寝ん

 陽光は柊が特急列車へと乗り込むギリギリまで、けして紙袋を手放そうとはしなかった。 いざ、発車時間になってようやく柊へと紙袋を手渡す。 その拍子に初めて中身を覗き込み、言った。 「おまえの分もあるのか?」  紙袋にはそれぞれ『ひよこ饅頭』の十六個、十六羽?入りのが三箱ずつ入っていた。  陽光が知る限り、柊は特に甘いものが大好物というわけではない。 しかし嫌いで、全く食べられないというわけでもないだろう。 『銀柊荘』でのウェルカムドリンク、――主自らが点てる抹茶の一服を供する際には菓子が必須だ。 何故ならば菓子を食べてから茶を喫する、飲むのが本来の作法だった。 菓子の甘さが茶の苦さや渋さ、すなわち茶特有の旨味を引き立てるという理由からだ。 ――主自らが礼を失するわけがない。  柊の母であるリカ子が自分用に頼んだものの中に、息子である柊の分はあったのだろうか? 夫であり柊の父である桂一の分は確実にあったのだろうと、陽光は思った。  柊の両親の仲のよさ、睦まじさは当時十代後半だった陽光の目にも明らかだった。 もちろんあからさまにベタベタ、イチャイチャしていたわけではない。 ほんの些細なやり取りの際に交わす言葉で、合わせる目線で二人の繋がりがはっきりと見て取れた。 例え切り絶とうしても、おいそれとは絶てやしないだろう固く頑なな繋がりが――。
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