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柊は目を閉じる。
陽光の言葉を――、陽光を信じよう。
陽光の方が自分なんかよりもずっと信じるに値すると、本気で思う。
そして又、『岸間柊』という一人の男のことをずっとずっと愛してくれているとも感じる。
思い出した拍子に、胸の奥がツンと痛み出すほどに。
独りきりでは到底抱えきれないほど多くの『想い』を、――陽光からの『土産』を納めた左胸を柊は今一度強く押さえる。
そうしてからようやく目を開けた。
列車はトンネルをとうに抜けていた。
刻一刻、着ちゃくと柊の地元の『銀柊荘』が或る街へと近づいて往く。
特急列車が停まる駅からさらに先へと進むには、バスか車を用いることになる。
今日は番頭の宮塚がわざわざ車で迎えに来てくれている手筈になっていた。
柊は、
「タクシーを呼ぶから大丈夫だ」
と一応固辞してみせた。
しかし宮塚は、
「そちらで済ませたい用事もありますし」
と涼しい顔で言い放った。
――頑として取り合おうとはしなかったのだ。
柊を乗せた特急列車が駅に到着する頃には、宮塚が言う用事とやらもきれいさっぱり、すっかりと終わっていることだろう。
そうして、『絵に描いたようなえびす顔』にさらに笑みを浮かべて柊を出迎えてくれるはずだった。
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